第十六話:なせばなる やらねばならぬ なにごとも
アッシュが仔狼姿になってしまって以降、ユーリ達が何とか先延ばしにしてきた事態がとうとうどうにもならなくなったのは、桜の花も散り始めた四月中旬のある日のことである。医師の診察は受けたものの詳細な検査結果及び治療薬の完成の連絡はまだなく、彼が元に戻る目途は立っていない。
「流石にこれ以上はまずいよね・・・。」
「・・・。」
「生ゴミの臭いが凄いッス・・・。」
三者三様にげんなりした様子でアッシュ・スマイル・ユーリ(五十音順)はシンクタンク等を見遣った。そこには積み上げられるように放置された皿やグラスの数々。申し訳程度に水に付けら得ているもののこびりついた汚れはすでに異臭を放ち始めていた。元々嗅覚に優れているアッシュには堪ったものではない。鼻に付く臭いに涙目となっている。
「僕らってここまでわんこに家事任せ切りだったんだね〜。」
あまりの惨状から目をそむけつつ、スマイルが言う。もともとこの家の家事全般はアッシュが担当しており、それこそ食事・洗濯・掃除、買い物からゴミ出しに到るまでアッシュが行っていた。当然彼がいなくなればそれらの行動が行われず、汚れは溜まっていく。残りは基本的に家事労働なんぞやったこともなければやる気もないユーリと簡単なものならまだしもやらなくなって久しいスマイルである。子供のアッシュに到っては家事のノウハウなんて記憶にさっぱりないのだからどうしようもない。しかしグチャグチャな台所を見るとどうにも見過ごせない状況になっているのは確かだ。
【どうしよう・・・。】
それでも三人の心情は面白いくらい一致してしまっている。これまでは市販の弁当を購入するなりしてしのいできたもののいつまでも自炊しないでいるわけにはいかない。だが、分別ゴミを出す日すらも分かっていないユーリとスマイルに何ができるというのか。事態は深刻である。
「とりあえず、片付けなくちゃどうしようもないんでしょうか・・・?」
アッシュがゴミの山を見渡して言った。そしてその意見に反対しようがないことは分かっていてもできれば片付けをしたくない駄目な大人が二名。
「どうするユーリ?燃えるゴミと燃えないゴミくらい分けておく?」
「・・・。」
スマイルの問いかけにユーリはかなり嫌そうな顔付きになる。彼からすれば何故自分がそのような雑用をしなければならないということなのだろう。これだからお貴族様は躾がなっていないのだ。
「でも、ユーリ。僕達だけで全部片付けられるか分かんないよ?ハウス・キーパーとか頼むべきかな〜?」
「うるさいスマイル。少し黙っていろ。」
「むぅ〜。」
ユーリに叱られスマイルは不満顔になる。しかしここで余計な口を叩くと話が進まないのでじっと我慢してもらおう。
「そういえば・・・。」
そこで何か思いついたのかユーリはキッチンスペースを出て自室へと向かう。途中まで後を追いかけたスマイルだったが、彼の目的地がどこだか分かると踵を返してリビングへと戻った。
「スマイルさん、ユーリさんの後についていったんじゃなかったんスか?」
「多分すぐ戻ってくると思うからこわんこも座って待ってよ?」
首を傾げているアッシュにスマイルはさっさと腰を下ろしたソファーの横を勧める。そして不思議そうにしながらも素直にそれに従うアッシュだった。
一方、自室に戻ったユーリは机の上やら引き出しやら収納棚やらを次から次にあさり始めた。一体どうしたというのだろうか。
「どこだ?どこにしまった・・・?」
ブツブツ呟きながらユーリは何かを探している。そして・・・
「これだ!」
ユーリが箱の中から取り出したのは三十枚程度の厚紙。そこには一枚一枚違う相手の個人情報が記されている。いわゆる名刺というやつだ。
「さて、あいつのはどれだったか・・・。」
ユーリは手早く名刺を確認していく。一般的な白いシンプルな形式なものもあればカラフルな柄模様が入っているものもある。その中でユーリが選び出したのは黒い名刺だった。そこには血のように赤い文字で書かれた会社名とその連絡先、そして白い髑髏[どくろ]のマークが描かれている。
(そう、これだ。あの掃除屋に渡された名刺は・・・。)
以前ある清掃会社の人間から名刺・・・というよりは会社宣伝用のカードを渡されていたのだが、用がないこともありそのまましまっておいたのである。
「餅は餅屋とも言うしな・・・。」
(専門家に任せた方が無難だろ。)
そしてユーリは部屋を出るとそのままリビングを通って電話(新調済)の前に立つ。そして名刺に記されていた電話番号を押し始めた。
プルルルル プルルルル・・・ガチャッ
呼び出しの電子音の後、回線がつながる。
『はい!こちら、表から裏まで清掃に関することなら何でもお任せ☆ ヘルズ・クリーンです。御用の方はこれからアナウンスされる指示に従ってください。それではまず、初めての方は1と#を、そうでない方は2と#を、会員の方は0と#を押してください。』
繋がった回線の向こうから聞こえてきたのは女性の声音をなぞった機械音。ユーリは妙にテンションの高いその音声に眉をしかめつつも1と#のボタンを押した。
(2006/04/08完成)
第十七話:強制掃除参加マニュアル(人員徴集編)
「チィーッス。毎度どーも!こちらヘルズ・クリーンです。」
「早かったな。」
「大したことじゃねえよ。それよりユーリ、俺様を態々指名するとはどういう風の吹き回しだ?」
ユーリが電話をかけた数時間後、ユーリ・スマイル・アッシュの暮らすマンションにやってきたのは青いツナギ服姿の男だった。
「あれ?Mr.KKじゃん。ユーリ、KKに依頼したの〜?」
男の名はMr.KK。ヘルズ・クリーンに所属する清掃員である。そしてMZDの導きの元ポップンパーティーへの参加経験者でもあった。因みにユーリ達の知り合いでもある。
「よお、スマイル。」
「久しぶり〜。」
突然やってきた男にスマイルは手を振る。どうやらユーリは台所のあまりの惨状を何とかするための助っ人としてKKを呼び出した模様。まあ、正確に言えば、会社に依頼する際、清掃担当として彼を派遣するように依頼をしたのだが。
「それで、お前がアッシュか。随分と可愛くなったもんだな。」
そしてKKはスマイルの後ろに隠れていたアッシュを目ざとく見つけると、いそいそと近づき、ガシガシといった調子で頭を撫でた。
「あ、あの・・・初めまして、アッシュですッス・・・。」
それに対して、KKから発せられる堅気外オーラ(?)でも感じ取ったのか、やや緊張した面持ちでアッシュが挨拶をする。
「本当にチビっこくなったもんだな。こりゃ、おもしれえ・・・。」
興味津々とばかりにKKはアッシュをかいぐり回す。
「あ、あの・・・何を・・・?」
KKの態度にアッシュは戸惑いを隠せない。
「もしかしてKK、わんこ狙い・・・?」
「はあ?」
「何だと!貴様、私の犬に良からぬことを企んでいるのか!?」
「何の話だよ・・・。」
ジト目でKKを見るスマイルと彼の言葉を受けて勘違いした怒りを覚えたユーリの態度にKKは怪訝な顔つきになる。アッシュはスマイル達の会話の意図が分からず相変わらず不思議そうにしていた。
「馬鹿なこと言ってないで仕事すんぞ仕事。」
変に誤解の入った嫉妬を押し付けられては堪らないとばかりにKKは立ち上がる。ようやく開放されたアッシュがこっそり身体に入っていた力を抜いた。
「オラ、てめえら!こいつを着けやがれ。」
『は?』
続けざまにKKが彼らに放って寄越したのは三枚の布地。
「何だこれは。」
反射的に受け取ったものの、広げて確かめようともしないユーリ。
「エプロン?」
黒色・紺色・カーキ色とそれぞれ違う布地の正体はエプロンであるらしい。紺色のエプロンを広げてスマイルは首をかしげた。
「アッシュ、お前は人型になれるんだったらさっさと着替えて来い。その格好だと余計な毛が落ちる可能性がある。」
「はあ・・・。」
ピシッと指示を出すKKにカーキ色のエプロンを頭から被った状態でアッシュが気の抜けた相槌を打っていた。
「じゃあ、ちょっと着替えてくるッス・・・。」
少しでも抜け毛を少なくした方が掃除する側としては楽なのだろうか。アッシュは良く分からないなりに自分が与えられた部屋へと向かった。とはいってもまともな子供服などなく、アッシュが元々着ていたTシャツに腰回りを紐でしばっただけという衣装を身に着けることになる。それに何故か子供サイズぴったりのエプロンをつけて、ともあれ見た目だけは可愛いエプロン+ワンピース(?)な少年が出来上がった。因みに尻尾等のオプション付である。できれば変態に攫われないように注意しよう。
一方アッシュが着替えに出ていなくなった玄関先では、大の男三人が対峙していた。スマイルはとりあえず渡されたエプロンを軽く引っ張ったり裏返したりはためかせたり(?)している。
「これは一体何のつもりだ。」
再度ユーリがKKに問いかけた。
「分からないのか?」
するとKKは馬鹿にするかの如く鼻で笑った。ユーリを相手に良い根性である。それとも自分の腕(?)に余程自信があるのか。
「・・・何が言いたい。」
目を細めて、どこか睨むようにユーリがKKに視線を向ける。
「本当に言わなきゃ分かんねえのかよ。これだからお貴族様は・・・。」
KKが肩をすくめたあげく首を横に振って溜息。あからさまなその仕草はプライドが高く短気な方なユーリにとってはかなり腹の立つ態度であった。そこはかとなく所は普通に殺意が芽生えそうな感じだ。
「ここの状況とその業務用エプロン見りゃ分かるだろ?掃除するんだよ、掃除。」
「な・・・?」
「一応、俺様が大体のことは教えてやるが・・・お前らにもしっかり働いてもらうからな。」
戸惑いを珍しく顔に浮かべているユーリにKKはきっぱりとそう宣言する。
「働くって何を?」
「スマイル・・・人の話聞いてたのかよ。だから、掃除すんだよ。お前らが作り出した腐乱の森を何とかするためにな。」
「フランスの森?」
「腐乱だ。腐乱死体の腐乱。ゾンビ臭だ。」
「KK・・・それはちょっと・・・。」
KKの例え方にちょっと嫌な汗が浮かぶスマイルである。
「つーか、てめえらこれだけやっといて何もしないで済まそうって訳じゃねぇだろうな。どれだけ金積む気かしらねーが、たまには自分の尻拭いくらい自分でしてみな。」
『・・・。』
KKの物言いに唖然としているのか、絶句する常人外生命体二名。初っ端から前途多難な今回の清掃任務は果たして無事完遂されるのか!?
(2006/04/16完成)
<中書き4>
今年もまたこのシリーズの掲載する時期がやって参りました。とうとうMr.KKまで乱入し、物語は混戦模様です。何か、もう書いている本人がこんがらがっている状況だったりしますよ。久々過ぎてノリも忘れたわ!?・・・まあ、今回お目見えした分は去年までに書き上げた分ですけどね。
まあ、半年に一回くらいのペースで思い出したように書いているこのシリーズですが、そろそろラストシーンについても考えていたりします。このメンバーで感動の最終回というのはどだい無理な話ですが、目指すオチに持っていくにはどうしたらいいかと半分くらいヒラメキに頼って書き進めております。とりあえず今月中にもう一回は掲載するぞ!
2007/04/04 UP
<NEXT>