第十八話:強制掃除参加マニュアル(誓約調印編)
「貴様・・・誰に対してその口を利いている。」
「誰に?ユーリだろ。自分に名前も忘れたのか?」
「な、何で二人ともそんなに喧嘩腰なのさー!」
KKの不遜な態度に不愉快と顔にださんばかりのユーリに、威風堂々に相手を小馬鹿にした態を崩さないKK。そしてこの状況では必然とツッコミ兼傍観者に回るしかないスマイル。何せ自分の不平不満を挟める雰囲気ではなかった。心なしか、彼らの背後に相見えている龍と虎が見える気がした。
(もうやだ〜!何でこの二人こんなに険悪なのさ・・・わんこ早く戻ってきてよ〜!)
とりあえず嘆きつつ心の中で天に祈ってみるスマイル。フォローの専門家(アッシュ)は残念ながらここにはいない。というか子供になっているからいてもあんまり役に立たないというのが実情。
「いいからてめえは大人しくそれ身に着けて俺様の指示に従ってればいいんだよ。あ、スマイル。お前もいつまでも遊んでないでさっさと着けろよ。」
「何だと!?」
「はーい。」
KKの態度にかなりきたのか、ユーリの怒りゲージはそろそろMAX状態に達しそうである。スマイルはとりあえず素直に返事だけはしておいた。理由を聞かれても『何となく』としか答えられないような些細な気持ちであったけれど。
「貴様この私に命令するとは何様のつもりだ!?」
「俺様。」
ユーリの抗議にある意味ベタな答えを返すKK。やっぱり奴は大物(?)らしい。ユーリの方はそろそろ液漏れ起こしそうだったが(何の?)
「まあ、それはともかくとして、俺様は清掃のプロだからな。素人がプロに従った方が効率良く片付くというのが自明の理だろ。」
何でこの人こんなに偉そうなんだろう・・・などとは突っ込んではいけない。何故ならユーリも似たようなものだからである。
「き、貴様・・・。」
「ゆ、ユーリ!ストップ!!ここでモメるといつまで経っても話が進まない気がするから!」
一触即発の雰囲気にスマイルが割って入った。スマイルにしては珍しく先見の明がある行動である。神からのお告げでもあったのだろうか(ぇ?)
「むぅ・・・では百歩譲って、お前が指導する立場であったとしても、そもそも何故私が掃除なんぞしなければならんのだ。」
やはり偉そうな態度を崩さず告げるユーリ。結局そこに話を戻すのか・・・。
「はぁ?そんなもん、ここがお前らの部屋だからに決まってんだろ。歳取りすぎてボケたか?」
「な!?」
そしてさらにユーリを煽るような発言をするKK。睨み合う二人。せっかく先程、スマイルが話題を転換しようと試みてくれたのに、何たることだ。そこへ・・・
ピンポーン
軽やかに響いたのはチャイムの音。玄関の呼び鈴が鳴らされたのだ。
「誰だ?」
「あ、僕出てくる〜。」
とりあえずユーリ達の発する険悪な空気から離れたくて、スマイルは来客の応対を買って出る。その間にもユーリとKKの睨み合いは続いた。そして数分後、スマイルがまた彼らの元へ戻ってくる。正直、スマイルはこのまま逃げ出したい気持ちもあったのだが、手にした紙をユーリに渡さなければいけない役目を負っていた。
「あのさ、ユーリ。ちょっと・・・。」
「どうした、スマイル。」
ユーリがスマイルに目を移すと、スマイルはおずおずと一枚の紙切れを差し出した。
「はい、ユーリ。これ、電報?・・・だって。」
「そこはかとなく“電報”の後のイントネーションが妙な気がするが、まあ、いいだろう。寄越せ。」
ユーリはスマイルから紙を受け取ると、そのまま無言で中身を読み出す。
「・・・。」
「ユーリ?」
「誰からだ?」
スマイルとKKが黙っているユーリを見つめている。
グシャリ
その時、ユーリは手にした紙を両手で握りつぶした。
「ユーリ!?」
驚くスマイルを余所にワナワナと手から肩にかけて震わせているユーリ。
「何か気に食わないことでもあったか?」
そしてKKは顔色一つ変えない表情で、ユーリに問いかける。すると彼はまるで親の仇でも見るようにKKを睨んだ。この際、ユーリが親に対して情を持っているかどうかは別にして。
「どうした?随分と余裕の無い顔してるぜ。」
しかしなおもKKはユーリを挑発するような態度を崩さない。やはり喧嘩を売っているのだろうか。
「本当、どうしたのさ?ちょっと僕にも見せてよ。」
このままでは埒が明かないと思ったのか、スマイルがユーリの手の中で皺になっている電報の内容を確認しようと手を伸ばす。ところが・・・
「あー!」
ビリビリビリビリ・・・
ユーリは紙をスマイルに渡すことなくバラバラに破き始めた。
「ちょ・・・!ユーリ、何してんの!?」
「うるさい!黙れ!」
慌てるスマイルに怒鳴りつけるユーリ。散々怒られているせいか、反射的にビクリを動きが止まったスマイルだったが、すぐに復活して反論する。
「何でそんな怒ってるわけ!?しかも・・・電報破るなんて・・・て、しかも何か踏みつけてるし!」
破いた紙片をさらにゲシゲシ踏んでいるユーリ。何と言うか、見ているだけで相当を怒りというか苛立ちを感じていることが分かる状況だった。
「それで、どうするんだ?やるのか、やらないのか。掃除。」
「貴様・・・!」
そんなユーリにまたKKが話しかける。ユーリはスマイルだったら向けられた途端平謝りするかダッシュで逃亡しそうな形相でKKを睨んだ。
「おいおい、綺麗な顔が台無しだぜ?」
「じゃかましい!!貴様!謀ったな!?」
KKの軽口にユーリは怒声を上げる。一体彼らの間に何があったというのか。とうとうユーリの思考回路が崩壊か?ちょっと、待て。そうするとツッコミ要員がいなくなるぞ。頑張れ、ユーリ。立ち直るんだ、ユーリ(無責任な応援)
「さて、何のことだが・・・。それより、早く決めろよ。掃除をするかしないのか。」
そしてKKが浮かべたのか確信めいた笑み。
「・・・する。」
ユーリは歯噛みどころか断腸の思いでそう言った。呟きと言っていいほど小さな声だったが。
「聞こえないぜ、もう一回。」
「く・・・!」
KKは聞えていないと言うがそのニヤついた顔からはどう見ても聞こえていたのにわざとそうしている振りがある。それをユーリも気づいているので余計腹立たしく感じられた。けれども・・・
「してやる!この私がしてやるというのだ!ありがたく思え!!」
ユーリが今度ははっきりとそう言った。いささか自棄になったという感が拭えない言い方であるが。
(嘘〜、ユーリってばOKしちゃったよ?)
スマイルは余程信じられないのか、言葉にならず唖然としている。というか、ありがたくも何も掃除をするのは自分の家なのだが。
ともあれ、いろいろと謎は残っているが、ユーリも掃除参加決定。本当にこの先どうなることやら・・・。
(2006/07/16完成)
第十九話:強制掃除参加マニュアル(陰謀?編)
「一体、どうしたんスか?」
アッシュが掃除のできる格好に着替えて戻ってくると、大人三名の空気が恐ろしく険悪になっていた。その主な発生原因は言うまでもなくユーリ。そして彼の妖気というか殺気を向けられている対象は清掃のスペシャリストとしてやってきたMr.KK。しかもユーリから睨まれて平然としている。殺気の対象が自分でもないのに怯えているチキン丸出しなスマイルとは胆力がかなり違うようだ。もっともスマイルの場合、条件反射もあるのかもしれないが。一体どれだけ暴力を振るわれているのだろうか。これも立派なDVといえるかもしれない。
「お、アッシュ。戻ってきたか。別に何も起こってないぜ。」
不審そうにしているアッシュにKKは堂々と言い放つ。やっぱりこの人かなりの度胸だ。
「貴様!この、いけしゃあしゃあと・・・!」
「もう何でもいいから掃除始めようよ・・・。」
KKの態度にユーリの瞳はますます鋭くなり、スマイルはすっかり疲労困憊している。ある意味凄い構図だった。
「ユーリさん、怒ってるんスか?」
そんな中、アッシュはユーリに近づくと不安そうに彼を見上げた。その瞳は何だか潤んでいるようにも見える。普段は前髪に隠れているその瞳に見つめられ、ユーリは複雑な気分になった。そもそもアッシュが瞳を前髪で隠しているのは、以前どこぞの子供達に怖いと怯えられたからであって、それまでは普通に視界を確保する意味でも、彼に瞳は人目に晒されていた。
(う・・・こ、これは・・・・・・。)
もちろんユーリはアッシュの瞳の色が赤かろうが青かろうが気にしない。マーブル模様だったり虹色だったりしたら、多少珍しいと思うかもしれないが、ただそれだけだ。恐れたりはしない。けれども、こうしてアッシュに見つめられていると、何故か胸の辺りがムズムズするような、珍妙な感覚を覚えた。キュンとした衝撃の瞬間の後、じんわりムラムラくる感覚とでもいうのだろうか(どんな感覚だ)
「ユーリさん・・・?」
「い、いや!何でもない!!」
そしてアッシュから不思議そうに名前を呼ばれ思い切り慌てるユーリ。まるで心にやましいことがある人の反応のようだ。
「じゃあ、怒ってないんスね!」
「あ、ああ・・・。」
アッシュの無邪気な質問に咄嗟に肯定の返事をしてしまうユーリ。
「あはは!ユーリってばわんこに萌え萌えだね☆」
「燃え?」
「余計なことを言うな!スマイル!!」
そして笑いながら問題発言をするスマイルにユーリの叱責が飛んだ。アッシュは訳が分からず首を傾げている。
(燃え・・・燃える・・・燃えるゴミ?まさか・・・!?)
「ゆ、ユーリさん!俺、お掃除ちゃんと頑張るッスから燃えるゴミには出さないでくださいッス!」
『は?』
しかし何だか変な思考に到ったらしく妙なことを訴えてきた。思わず固まる大人三人。そのウルウルな瞳で訴えてくる様子は某消費者金融のCMのそれに匹敵する威力を持ち合わせていた。少なくともユーリとスマイルにとっては。
「わんこー!」
「わ!?」
「可愛いー!本当にこわんこみたいだー!」
我慢できずにアッシュに抱きつくスマイル。
「アッシュから離れろ!スマイル!!」
一歩遅れてアッシュからスマイルを引き離そうとするユーリ。
「何なんだ、お前ら・・・。」
そして呆れ顔のKK。この調子ではいつまで経っても掃除が始められそうになかった。
「やだ〜、わんこ〜!」
「スマイル!」
「く、苦しいッス・・・。」
それにしてもいい大人がギャーギャーと大騒ぎする様は傍目に見ると情けない。これではKKが呆れてしまうのも仕方がないことだった。
そうとはいえ、何度も言っていることだが、このままでは埒が明かない。このままでは清掃実行とは別方向に爆走暴走絶好調な状況だからである。プロの掃除人のプライドに賭けても、KKは彼らに掃除をさせなければならなかった。ある意味阿呆臭くて馬鹿馬鹿しくもあったが。
「おーい、いい加減、掃除始めるぞ〜。」
まずは普通に声を掛けてみる。多少やる気に欠けていることはスルーの方向で(死)
「だって、わんこ、可愛いんだもん!グリグリしたいもん!」
「だからって私の犬に気安く触るな!抱きつくな!」
「ほにゃら〜@」
しかしもちろんユーリとスマイルは聞いちゃいないし、アッシュは二人に挟まれて目を回しかけている。
(気の毒に・・・。)
一瞬KKも同情した。
「だったらユーリが手を離しなよ!こういう時は先に手を放した方がお母さんだっていうし!」
「は?何のことだ。血迷ったか、貴様。」
ユーリとスマイルはなおも言い争う。
(というか、何で大岡裁き?)
KKの心の内なるツッコミは当然声に出しているわけではないので彼らに伝わることはない。
「あ〜、本当どうしようもねえな・・・。」
KKは大きく溜息をついた。そして少しの間彼らの会話の流れを見て取り、タイミングを計ってこう述べた。
「・・・保護者失格。」
ピクリ
独り言のような静かな声。しかし、人間ではなく魔物の聴覚には十二分に届く声。KKの言葉に反応するかのように、ユーリの体が停止した。
「電報・・・。」
そしてKKから追い討ちをかける第二の呟き。ギギギ・・・と、まるで油の切れかけた機械のように、ユーリは彼の方へと向いた。
「ユーリ?」
「ユーリさん?」
スマイルとアッシュも彼の急な変化に不思議そうにしている。
「ま、まさか・・・。」
「病院の清掃しにいくと現場の職員とも顔合わせるんだよな〜。」
そう言ってKKはユーリの顔を見て、ニヤリと口の端を上げる。何とも意味深な笑みであった。その瞬間、薄々勘付いていた疑惑がユーリの中で確信に変わる。
「き、貴様らやっぱりグルかー!?」
やはり奴は油断がならない。ユーリの叫びが空しく響いた。
(2006/08/11完成)
<NEXT>
2007/04/14 UP