Catch me if you can!

 

 

 

 

 

 その日、一人の男が挙動不審に街を歩いていた。男の容姿は褐色の肌に白い髪、瞳は闇のように黒く水晶のように澄んでいる。年齢は二十代前半から半ばと言った所であろうか。顔の造作はそれなりに整っており、真っ直ぐに背筋を伸ばして歩いていれば美青年と称しても通るかもしれない。だが、立派な体格をした男が背中を丸めてコソコソ移動している様は変態と呼ばれても仕方がない位怪しい光景だった。

「・・・確かこの道を右だったな。」

青年は周囲をキョロキョロと眺め、ブツブツ呟きながら早足で道を進んでいた。全く以って怪しさ大爆発である。不審者として警察に通報されないのが不思議な位だ・・・この世界に警察という組織機構が存在するかは不明だが。

「次はこの角を左・・・。」

青年は腕の中に何かを大事そうに抱えながらどこかへ向かっているようである。余程大事な届け物でもあるのだろうか。彼の両腕から覗いているのは銀色の何か。それをよくよく注意して観察してみれば銀色の毛並みを持った一匹の兎であった。瞳はサファイアのように青い輝きを宿している。差し詰め月の女神の遣いとでも言った感じだろうか。どこかのマニアな金持ちに売り飛ばせば一体幾らになることか・・・て、はい、冗談です、すみません。

「ここは真っ直ぐで良いのだな?」

青年はそう言って腕の中の兎に話し掛けた。どうやら少し道を進む度にそれを繰り返しているようである。腹話術の練習でもないのだし、何も話さない兎に道を尋ねるなんて彼は危ない人なのだろうか。友達が一人も居ない寂しい人で人形や動物に話し掛ける癖が付いてしまったとか・・・。

「そこの貴方!何をしてるの!?」

「のわぁあああああああ!?」

 しばらく挙動不審に歩を進めていた青年だったが、突然背後から声を掛けられて何とも間抜けな悲鳴を上げた。青年が慌てて振り返ると蒼い髪と瞳が印象的なプロポーション抜群の美女が立っていた。勝気な印象を受ける仕草は彼女の確固たる自信の表れか。勘の良い方はもうお気づきだろうが、彼女の名はルルー。魔王サタンも一撃粉砕したことがある格闘家女王だ。青年はルルーの姿を見た途端、ビシリと音を立てて石化した。

「・・・貴方、この辺では見ない顔ね。何でこんな所にいるのかしら。」

ルルーの問いに青年は答えない。否、この場合は答えられないと言った方が正しいのかもしれない。青年の額にはビッシリと脂汗らしきものが貼り付いている。

「早く答えなさい。さもないと不法侵入者として強制的に排除するわよ。」

そう言ってルルーは腰を低くし、腕を構えた。

「不法侵入・・・?」

一方青年はルルーの言葉に不思議そうに眉を[ひそ]める。そしてしばし逡巡した後、意を決したように口を開いた。

「ここは、ウィッチとかいう娘の経営する店に行く為の近道ではないのか?」

今度はルルーが青年の言葉に眉を顰める番だった。

「貴方、ウィッチの店に用があるの?」

「ああ・・・。」

「・・・確かに近道と言えば近道だけど、ここは魔導学校の敷地内よ。」

「は!?」

ルルーの言葉に青年が目を見開く。

「一応敷地の境目に結界が張ってあってね、関係者・・・先生や生徒、あと卒業生なんかはフリーパスなんだけど、それ以外の人が敷地内に入り込んだ場合、職員室に警報がいくのよ。」

ルルーが青年に説明をした。因みに一般人でも正面玄関から入った場合は警報が鳴らない仕組みになっている。何故なら、正面玄関から入った場合は自動的に監視・追跡用のシステムが作動するからだ。それにほとんどそういった来客は校舎付近から離れることはない。

「生徒の演習用の森なんかは罠とかもあって一般人には危険だし、たまに魔導学校の先生がしている研究成果とかを盗もうとする奴もいるから。そんな訳で侵入者は見つけ次第即拘束、尋問の後開放、もしくは追放ということになってるの。」

青年は唖然としている。どうやら彼は何も知らなかったらしい。

「あ、主よ・・・。」

青年は手の中の兎を見遣り小さく呟いた。

「その様子だと知らなかったみたいね。残念だけど、これから先生の所に連れて行くわよ。」

「何だと!?」

「別に心配要らないわよ。一般人が迷い込んだだけならすぐ開放されるわ。もっともウィッチの店に行こうとする位だから只の一般人じゃないでしょうけど。でも学校に悪意がないと判ればすぐ釈放よ。」

ルルーの言葉に青年が唸る。彼女の言葉を疑っているのか、捕まりたくない理由でもあるのか・・・。

「お、おぬしは何故こんな所に居る。」

「は?」

青年の言葉に思わず聞き返すルルー。

「おぬしは・・・見た所生徒であろう。侵入者の排除など、教師か警備担当者の仕事ではないのか?」

「それは・・・。」

「む・・・。解った。問題ない。」

ルルーが親切にも理由を教えてやろうとした所、突然青年に止められた。

「今、聞い・・・ではなく、思い出した。生徒も修行を兼ねて有志で侵入者探索に協力しているらしいな。」

「あら?そんなことを知っているなんて貴方・・・。」

「ふ、古い知り合いにここの関係者が居て・・・な。近道のこともその者に聞いたのだ。まさか学校の敷地内を横切る形になっているとは思わなかったが・・・。」

「成る程。そういうこと・・・ね。」

用心深く青年の様子を観察していれば彼の表情や声音、言い回しに不自然な点を感じることが出来ただろうが、ルルーはもう相手を害意のない迷い人だと判断し警戒心を緩めていた。

「なら先生の所でちゃんと説明しなさい。」

ルルーが自分の後に付いて来るよう青年を促す。

「・・・悪いが我らは今、捕まるわけにはいかんのだ。」

「え?」

そう言って青年はルルーが目を離した僅かな隙に、反対方向に向かって走り出した。

「あ!・・・ちょ、待ちなさい!!」

それに気づいたルルーが青年を追いかける。単純に考えれば男女の体力・身体能力の差でルルーを撒く事ができるかもしれないが、ルルーの格闘女王の名は伊達ではない。並みの男所かオリンピック選手と張り合うくらいの運動神経は持ち合わせているのだ。

「いきなり逃げ出すなんてどういうつもりよ!待ちなさーい!!」

「やはり追ってくるな、主よ・・・。」

逃げる男、追う女。逃げれば逃げるほど二人の距離は近づく。だって地球は丸いから・・・ああ、痛い痛い、石を投げないで御免なさい。

「・・・わかった。用意が出来たら知らせてくれ。」

青年はまた何やら独り言・・・もとい、兎に話し掛ける。彼は本格的に危ない人かもしれない。

「くっ、なかなか速いわね。」

 ルルーの予想外に、彼女はなかなか青年を捕まえることが出来なかった。すぐに追いつくかと思われたが、引き離されていないものの、それ程距離は縮まっていなかった。やはりスタートダッシュでの遅れが響いているようである。

「!」

そんな中で一瞬青年の姿がぶれたような気がした。

(気のせい・・・かしら。)

内心首を傾げながらも追う。とにかくルルーは余計なことは考えず彼を捕まえることに専念することにした。

 

 

 

「どうやら行ったようだな。」

 ルルーが走り去った数分後、同じく走り去ったはずの青年が木の影から姿を現す。青年は高い木の枝に足をかけ、下の様子を観察していた。片手には例の兎をしっかり抱えたままで。

「主のイリュージョンが成功したらしい。・・・わかっている。主にとってはそれ位当然だったな。」

青年はそのまま足を踏み出す。重力に従い下に落下するかと思われたが、彼は宙に浮いたままであった。浮遊の魔導を使用しているものと推測される。

「だが、あの娘は勘が鋭い。ばれぬ内に去るのが得策だな。」

青年はゆっくりと地上に足をつけると、ルルーが去ったのとはまた違う方向へと立ち去った。しかし青年はシェゾ並みに運に見放されていたらしく、魔導学校の敷地から出る前にまたもや誰かに遭遇してしまう。

「あああ、待ってよカー君!」

「グー!」

「!?・・・まずいぞ、主よ。アルル・ナジャだ。」

 青年は聞こえてきた声に苦虫を噛み潰したような顔をする。しかし姿を見ず声だけで人物を判断するとは彼はアルルと知り合いなのだろうか。否、この町に住んでいる人間ならすでにアルルとカーバンクルがセットなのは常識である。ルルーは見覚えがないと言っていたが、カーバンクル自体は文献等に記述のある生物でもあり、話を聞いただけでも判断はつくだろう。それ位にはアルルは町の住民の間で有名人なのだ。よく、シェゾやサタンと魔導合戦していることもあるかもしれないが。逃げるかそれともこの場に止まりやり過ごすか。青年が迷っている間にも声は確実に接近してくる。

「うっそ〜!?カー君どこ行っちゃったの〜!!」

アルルの悲鳴。どうやら彼女はカーバンクルを追いかけてきて見失ってしまったらしい。しかし大変困ったことにアルルは方向音痴なのだ。

「どうしよ〜、ボク一人じゃ帰れないじゃないか・・・。カー君どこ〜?」

アルルの声はカーバンクルの名を呼びながら遠ざかっていく。

「ふう、どうやらやり過ごせたようだな・・・。」

「グ。」

「!?」

木の根元に腰を下ろし息を潜めていた青年は突然脚に触れられた感触に胃が引っ繰り返りそうになった。

「ググ!」

「か、カーバンクル・・・!?」

カーバンクル有るのか無いのか分からないような短い手をシュタッと上げる。人間で言うと、『よ!』という感じの挨拶だ。

「グググググーググ、グググーグ。」

「・・・。」

青年はいきなり目の前に現れたカーバンクルにどう反応していいのか分からなかった。

「おぬし、アルル・ナジャはいいのか?」

アルルは方向音痴だ。ナビゲート役も兼ねているカーバンクルが居なくてはいろいろと大変だろう。

「グー!」

しかしカーバンクルは青年の反応が気に食わなかったのか額のルベルクラクにエネルギーを収束し始める。カーバンクルビーム発射の準備だ。

「あああ!す、すまん。我が悪かった。礼には礼で返さねば非礼だったな。」

「グ!」

「久し振りだな、カーバンクル・・・こうして話すのは。」

「ググ!」

「ああ、[ふる]き友よ・・・。」

いろいろと突っ込みたい部分は多々あれど、とりあえず、どうもこの青年はカーバンクルの言っていることが分かるようだ。カーバンクルはいそいそと青年の肩によじ登ると、何やら怪しげな舞踏を始めた。どうやら再会を祝しての踊りらしい。まさかカーバンクルが女以外に懐いて(?)みせるとは・・・。青年の謎は深まるばかりである。

「・・・すまん、主よ。後で事情は説明する。」

「ググー!」

「カーバンクル・・・、おぬしにも話すから少し我を落ち着かせてくれ・・・。」

青年は二匹の小動物を抱えた状態で溜息をついた。

 

 

 

 

 

 それからしばらく時間が経過し、銀色の兎を抱えた青年とカーバンクルはウィッチの店の前にいた。カーバンクルは今度は肩から頭の上に移動し、暗黒舞踏の真っ最中である。腕の中の兎は可愛らしい外見に似合わず鋭い目つきをして、進行方向を睨んでいた。青年は大分疲れた(主に精神的に)様子である。さて、いよいよ青年が店に入ろうとした時であった。

「あー!カー君見〜っけ!」

「!?」

少女の声に青年は後ろに振り返る。居たのはやはりカーバンクルの友人にして現保護者のアルルであった。

「グ。」

「もう、どこ行ってたんだよ。心配したんだよ?ボクなんて道に迷ってこんな所まで着ちゃったんだから。」

そう言ってアルルが青年に近づく。

「すみません、カー君がお世話になりました。はい、カー君おいで。」

「ググ、ググ!」

アルルが手を伸ばすと、カーバンクルは青年の頭にしがみついてイヤイヤする。その様子にアルルはポカンとした。そしてマジマジと青年を見遣る。白い髪、黒い瞳、褐色の肌。

(シェゾより・・・ちょっと高いかな?)

長身の肉体はノースリーブだが、ゆったりとした貫頭衣に包まれ、その下にはズボンに覆われた長い脚が覗いている。何故脚が長いか分かるかというと、青年の腰の部分に巻かれたベルトの位置から彼の足の長さ判断できるからだ。

(うわ〜、結構顔も格好いいや。ボクはシェゾの方が好きだけど。)

青年はアルルにジロジロ見られて何だか居心地が悪そうである。

「あ、兎。」

ここでアルルは青年の抱いている兎に気づく。その一言に青年とそして腕の中の兎がビクリと震えたような気がするのは気のせいか。

(可愛い〜。綺麗〜。こんなのボク、初めて見たよ。あ、銀と青って、カラーリングがシェゾと同じだ。)

「あの・・・ボクもこの兎さん、抱っこしていいですか?」

「は!?・・・い、いや、それはちょっと・・・。」

アルルの突然のお願いに戸惑う青年。

(この人、動物好きなのかな・・・。)

アルルは青年の顔を見つめる。

「あ、あの・・・?」

「ああ、ごめんなさい。カー君が男の人に懐くなんて珍しいから、びっくりして、つい。」

アルルは持ち前の笑顔でそう言った。

「初めまして、ボクはアルル・ナジャ。その子はボクの友達のカーバンクル。失礼ですけど、貴方は?」

「わ、我は・・・カ・・・いや、ダ、ダーク・・・そう、ダークと言う。」

「ダーク・・・さんですか。」

「そ、そうだ・・・。」

どう考えても目が泳いでいて怪しいのだが、天真爛漫なアルルはそんなことに疑惑を抱かないのであった。

「カー君はダークさんが気に入ったの?」

「グ!グググーググ。」

「友達?仲良くしてもらったんだね。良かったね、カー君。」

ダークと名乗った青年は微妙に二人の会話のニュアンスが違っている気がしたのだが、口を挟んでうっかりボロが出ても困るので彼は黙っていた。

「ダークさん、この兎さんは何ていうんですか?」

「は?あ、え〜・・・。」

アルルに話題を振られて返答に困るダーク。

「ググググ。」

「か、カーバンクル!?」

「へ〜、シェゾっていうんだ。それ兎の種類?それとも名前?ボクの知り合いにもシェゾって名前の人いるんですよ。」

ニコニコと言うアルル。ダークは頭上からカーバンクルを引き摺り下ろし、視線で無言の圧力を加えた。

「余計なことは言わないという約束であっただろう。」

そしてアルルに聞こえない位の小声でカーバンクルを非難する。

「グー・・・。」

「あの、どうしたんですか・・・?」

「いや、何でもない。それより、おぬしにカーバンクルは返そう。我らは今忙しいのでな。」

「ググググググ!ググ、グッグググー!」

「カー君、一緒にいるって言ってもダークさんだって困るよ・・・。」

カーバンクルが珍しく食べ物以外で駄々を捏ねるので、アルルは困惑した。そんなただでさえ事態の収拾がついていないという時に、またもや新たな人物が現場に現れた。しかも同時に二人も、である。

「さっきから店の前で五月蝿いですわよ!」

「アルル!カーバンクルちゃん!こんな所に居たんだね〜

それは店の扉を開けて出てきた店主のウィッチと、空から飛び降りてきたサタンであった。

「ウィッチ!サタン!」

「ググ!?」

「魔王に見習い魔女・・・。」

それに対し、アルル、カーバンクル、ダークが三者三様の反応を示す。

 そしてまず騒ぎ出したのはサタンだった。カーバンクルを片手で掴んだ状態のダークを見遣り金切り声を上げる。相変わらずカーバンクルが絡むと見境がない。

「おのれ!そこの男、ここに直れ。私のカーバンクルちゃんに気安く触れるとは何事だ!!」

「グ!?ググッグ、ググーググ!」

サタンの言葉に何やらカーバンクルが抗議しているらしいが、サタンはそれを聞いていない。

「・・・アルルさん、カーバンクルは何て言いましたの?」

サタンが怒り出し口を開くタイミングを逃したウィッチがアルルに近づき尋ねる。

「ああ、簡単に言うと“ボクはサタンのものじゃないよ”って感じかな。」

「そうなんですの。相変わらず、サタン様の愛は空回りですのね。」

ウィッチが呆れた様子でサタンを見遣る。

「さっさと離れろ!大体貴様な何者だ?カーバンクルちゃんに馴れ馴れしいぞ。」

「・・・おぬし、本当に覚えていないのか?魔王よ。」

顔から湯気でも噴出しそうなくらいの勢いで怒るサタンにダークは目を丸くする。そして少し離れた所で二人の様子を見ていたアルルとウィッチは声を潜めて話し合った。

「あの方、ひょっとしてサタン様のお知り合いなのかしら?」

「さあ、ボク知らない。カー君は懐いてたみたいだけど・・・。」

「な、何ですって!?あのカーバンクルが男性に懐くなんてそれこそ天変地異の前触れですわ!!」

「ウィッチ何もそこまで言わなくても・・・ボクも確かに驚いたけどさ。」

そしてサタンの言いがかりは続く。

「五月蝿い、黙れ!さあ、カーバンクルちゃん、こんな汚らわしい男の元に居てはいけないよ。私の所へ戻っておいで。」

「ググ〜。」

しかしカーバンクルはダークの肩にしがみついて離れようとしない。

「カーバンクル、そんなに魔王を挑発しないでくれ。我は今戦う手段が限られているのだ。」

「グー!」

その上、ダークの言葉には肯定的な返事を返してくれる。

「ぬおおおををを・・・!何故だ、何故なんだカーバンクルちゃん!!さては、貴様私のカーバンクルちゃんを[たぶら]かしたな!?」

何でそうなる・・・。十中八九その場に第三者が居たらそうツッコミを入れてくれるだろうことをサタンの思考回路ははじき出した。嫉妬とは本当に恐ろしい。

「・・・全くその通りだな、主よ。」

「何を一人でブツブツ言っている!食らえカイザージャッジメント!!」

『あ!』

カーバンクルが相手の側に居るというのに大技を放つサタン。それを咄嗟に回避したダークはカーバンクルをアルルの方に放り投げた。

「カーバンクルを頼む、アルル・ナジャよ!」

「え!?」

アルルが慌ててカーバンクルを受け取る。別に地面に激突してもカーバンクルなら無事なような気もするが、とりあえずナイスキャッチだ、アルル。

「サターンクロース!」

「くっ!?」

「きゃあああああ!私のお店が!?」

サタンの数々の攻撃を紙一重で避け続けるダークの回避能力もなかなかだが、周囲の方はそういう訳にもいかない。現に、先程のサタンの攻撃でウィッチの店舗がしっかりと破壊されていた。ウィッチは頬に両手を当ててムンクの叫びのようになっている。

「避けるな!大人しく、当たれ!!」

「誰が!」

「・・・よくも・・・。」

「ウィッチ?」

「よくもこの私のお店を!許せませんわ〜!!」

ウィッチが震える拳を握り締め、呪文詠唱を始めた。高まっていく魔導力の波動に、アルルは数歩後退する。

「・・・メテオー!!」

ウィッチの叫びと共に彼女の怒りのメテオは発動した。爆音と共に地面が[えぐ]られ、土煙が巻き起こる。

「ゲホゲホゲホッ。あ〜、びっくりしたね、カー君。」

ウィッチの後ろに居たのでメテオの威力圏内から外れていたアルルだったが、その凄まじさに咳き込むアルル。

「グググググ・・・。」

「ああ!そうだね、ダークさん大丈夫かな・・・?」

カーバンクルの心配そうな様子にアルルは煙の向こうに目を凝らす。サタンの心配はしていないらしい。やがて、煙が晴れて・・・。

「プッ!何あれ!?あはははははは・・・!!」

目に映った光景に不謹慎にもアルルは爆笑してしまった。何故なら、サタンの頭がメテオの影響かまるでド●フのコントのようになっていたからである。服はボロボロ、顔も煤だらけ。出血こそしていないものの、かなりの破壊力だ。それだけウィッチの怒りも激しかったということか。しかしメテオが直撃してなお倒れないのは流石に魔王だけあるらしい。爆発コント頭だけど。

「グー!」

「あ、カー君。」

カーバンクルがアルル手を離れチョコチョコ走り出す。脚が短くしかも欽チャン走りっぽいのに、何故か物凄く早い移動速度だった。

「グーググ!」

「今のは・・・メテオか。見習い魔女がやったのか?」

カーバンクルがダークの近くまでやってくると、彼は結界に包まれて無傷だった。

「ダークさん、無事だったんだね!」

アルルも感嘆の声を上げる。

「なヌ!?」

サタンも驚いた様子だ。

「馬鹿な!ただの人間があのタイミングでここまでの防護魔導を発動させられるはずが・・・。」

そう、サタンにはダークが呪文詠唱をしているとは感じられなかったのである。正式な形で正確な呪文詠唱をしてこそ、その魔導は真の威力を発揮する。サタンはダークが呪文詠唱をしていないのに戦いながら気づいていた。しかしそのような素振りさえ見せていないというのに、彼はこうして結界を張っている。

「それにこの気配・・・。」

「魔王よ、我と主の力を舐めないでもらおうか。」

「む!さては結界を張っていたのはその兎だな!?」

サタンは力の出所を感じ取り、ダークの腕の中の銀兎を指差す。

『ええええええええええ!?』

それに驚いたのはアルルとウィッチだった。ダークはサタンの言葉を平然と受け止めている。それは事実ということか。ダークの兎は何と魔導も使えるスーパー兎!?

「我と主二人の力ならこの位の結界は張れる。」

それはウィッチに対していろいろと失礼な発言ではないだろうか。ダーク(もしく兎)は結界を解除しながら告げる。

「さらにこんなこともできるぞ。主の意向だ。我らを忘れたというなら思い出させてやるとのことだ。」

「何!?」

ダークは呪文の詠唱を始めた。

「カー君!危ないよ!こっち戻っておいで!!」

「グー!」

アルルが呼びかけるがカーバンクルはピョンとダークの脚にしがみついてしまった。

「・・・こ、この力は!」

黒い魔力の波動が周囲を覆う。サタンが、アルルが、そしてウィッチが、驚愕の色を浮かべた。

「アレイアード。」

古代魔導語で“天使の羽を折る”という意味を持つ禁呪とまで言われた魔導が某闇の魔導師の姿の見えない場所で現出した。

「・・・くっ。やはりこの状態ではきついな、主よ。」

ダークは苦悶の表情を浮かべ、膝をつく。

「グー!?」

「うお!?す、すまない、カーバンクル・・・。」

挟まれてしまったカーバンクルの声に、ダークは自分と地面の間のカーバンクルを引っ張り出した。

「グーグググ?」

「ああ、大丈夫だ。我も主も心配ない・・・少し辛いがな。」

「ダークさん、今の呪文・・・。」

アルルは信じられなかった。シェゾ以外にこの呪文を扱える人物がいたなんて。

「どういうことだ・・・?」

うっかりアレイアードまで直撃されてしまったサタンがよろめきながら立ち上がる。

「今の魔力はシェゾの・・・あのアホタレ魔導師のものだろう。」

「そうなるな。だが、おぬしに阿呆とは言われたくないぞ、魔王よ。」

「ちょ、ちょっとそれどういうこと!?」

「さっぱり分かりませんわ・・・。」

状況についていけず、パニックを起こすアルルとウィッチ。

「だが、何故貴様・・・いや、その兎か?それが何故シェゾの力を・・・。魔導力を奪われたのか?闇の魔導師のくせに。」

『!?』

「ええええええ!じゃあ、シェゾはどうなったって言うのさ!?」

「魔導力を奪う兎なんていましたかしら。ひょっとして魔界の生物・・・?」

「お、おぬし・・・まさか、あれでまだ気づいていないのか・・・!?」

サタンの言葉に三者三様に驚くアルルたち。そしてダークは言った。

「おぬしが我と主をこのような姿にしたではないか魔王よ!」

『!?』

「・・・ん?んんんん??」

サタンはダークの訴えに改めてダークと兎を見遣り、記憶の琴線に触れた何かを呼び起こそうとした。そしてピンときたのか、こう漏らす。

「シェゾと闇の剣・・・か?」

『ええええええええ!?』

アルルとウィッチが絶叫する中、とんでもない事実が明かされようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

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