「全く、お前ら一体何なんだ。」
そう言って嘆息するシェゾ。しかし他人のこと言えないと思うぞ、シェゾ。
「だから・・・俺はシェゾの手料理が食べたいんだよ。店で食べるよりずっと美味しいんだから。しかも満漢全席だろ?普段でも食べる機会あるかどうかわからないのに、ましてやシェゾが作ったやつなんてこれを逃したら一生食べられないかもしれないじゃないか。」
ラグナスは両手を腰に当てた所謂先頭の『前に習え』のポーズで説明する。それにしてもそのポーズをとる意図が分からない。
「むしろ元手は出すから俺の家で毎日料理作ってもらいたいね。」
「俺は貴様のお抱え料理人か?」
一歩間違えばプロポーズ臭くなる言葉である。
「お願いだ、シェゾ。俺を選んでくれ。」
ラグナスはシェゾの手を握って懇願する。これってそういう話だっけ・・・?
「気安く我のオリジナルに触れるな、光の勇者。」
「痛ッ。」
Dシェゾはラグナスの手を引き剥がし、シェゾの腕を自分の方へ引っ張った。
「我はオリジナルの飯が好きだ。だから誰にも渡さん・・・。」
「とりあえず鬱陶しいから離れろ、Dシェゾ。」
しがみつくような形になっているDシェゾにシェゾは言う。
「おっと、すまんなオリジナル。」
シェゾの言葉にDシェゾは素直に彼の腕を解放した。やはり忠犬っぽいな、こいつ・・・。
「どうしても譲らない気だね、Dシェゾ。」
「貴様こそ引き下がったらどうだ、光の勇者。」
またもや睨み合う二人。ほのかに渦巻くは殺気。
(それにしてもDシェゾの奴、食い意地張ってるな・・・。)
自分のことは棚にあげ、のん気に首を傾げるシェゾ。
「行くぞ。」
「いいだろう・・・。」
ラグナスとDシェゾが再び剣を取り、切り結ぼうとしたその時である。
「シェゾの満漢全席はこの私とカーバンクルちゃんとアルルで戴くのだ!」
「グー!」
『サタン!それにカーバンクルもか!?』
突然空からサタンとカーバンクルが降ってきた。しかも参戦の意思表示とばかりにいきなりカーバンクルビームの発射である。一気に現場は混乱した。
「ごめ〜ん、シェゾ。やっぱりカー君にバレちゃった☆」
そしてそんな混乱した現場に少し遅れて到着したのはアルル。シェゾに対して手を合わせて拝みつつもペロリと舌を出している。
「ア〜ル〜ル〜・・・。」
シェゾはとてつもない脱力感に襲われて一人肩を落とす。
「ひょっとしてさ・・・みんなシェゾの料理狙いなわけ?」
ギャーギャー言い争いを始めたラグナス、Dシェゾ、サタン、そしてカーバンクルを見遣り、アルルは困惑した表情を浮かべた。
「寄って集って人を何だと思っているんだ、あいつらは。大体食材の都合もあると言うのによ・・・。」
「でも実際シェゾの料理美味しいし、シェゾだってみんなに美味しく食べてもらったら嬉しくない?」
アルルの言葉にシェゾは複雑な表情を浮かべる。
「まあ、嬉しくないといえば嘘になるが・・・いやいやいや、いくらなんでもあいつら全員に食わしてやる義理はないし、それ以前に食材が足りん。」
「シェゾ、食材から頭離さない?」
まるで主夫の鑑のようなシェゾの言葉にアルルは苦笑する。
「何を言ってるんだ。料理は愛情よりも食材と技術だぞ。基本がなってなけりゃ愛なんていう不確定要素なんて入れても無駄だ。」
「・・・つまり愛情がこもっていても不味い物は不味いってこと?」
「炭化したハンバーグは焦げた味しかしないのと一緒だ。」
つまり最低限の基準は満たせということだ。ベーキングパウダー無しに小麦粉からホットケーキを作ろうとしても膨らまないのと一緒である。そんな事をするくらいなら端からホットケーキミックスを使った方が早く出来る。もっとわかりやすく言うとコーヒーの砂糖と塩を間違えると飲めたものじゃないといった感じだろうか。因みに水無月はブラックコーヒー自体が飲めません。
「アレイアード!」
ドカーン
「メガレイブ!」
ドカドカーン
「カイザージャッジメント!」
ボカーン
「ググー!」
ドッゴーン
四人(正確には三人と一匹)による魔導の応酬。破壊行為の乱れ打ちである。
「何か凄いね・・・。」
「ああ・・・。」
巻き込まれないよう遠巻きにしながらアルルとシェゾは彼らの戦いを見学する。
(でもこのままじゃいつまでたっても決着つかなさそう・・・。)
やはり食欲というのは本能に直結しているだけあって、それを賭ければ戦闘能力は上昇するものなのか。アルルは彼らの凄まじい戦いを見ながら密かに感心していた。
(あ、そうだ!)
「ねえ、みんな〜!このまま戦ってもいつ終わるか分かんないからさ〜、誰か勝った人一人がシェゾの御飯食べれるってことにしたら〜?」
爆音に負けないよう大声で呼びかけるアルル。一方ギョッとしたのはシェゾである。
「お前何勝手に決めてるんだよ!?」
「いいからいいから。」
笑顔でパタパタと手を振るアルル。
「へぇ、じゃあ勝ち抜いた人だけがシェゾ先輩の手料理を頂けるんだね。」
「あ、カミュ先輩。うわ〜、お久し振りです!」
そして突然会話に乱入してきたのは丁度通りすがった魔導学校の卒業生カミュだった。
「久し振りだね、アルル。シェゾ先輩もご無沙汰してます。」
カミュはアルルに笑顔を向けシェゾには頭を下げた。
「な、何でお前がここに・・・。」
「ちょっと、用があって学校まで寄ったんですよ。図書室開いてたらちゃんと先輩の顔も見たかったんですが、ここで会えたので結果オーライですね。」
「お前、キャラ違ってないか・・・?」
「それは水無月の中でまだ俺のキャラクターが確立してないだけですよ、先輩。」
その通りだ、この野郎!
「でも、羨ましいなあ、この中で勝った人が食べられるんですよね、シェゾ先輩お手製満漢全席。」
爆音ひしめく現場を見遣りながらカミュが言う。
「カミュ先輩は食べたことあるの、シェゾの料理?」
「うん、前に学校付属の研究室でね。一緒に実験させてもらったんだ。嬉しかったな〜、あの魔導学校創立以来の天才と言われたシェゾ先輩と一緒に働けるなんて・・・。学生時代のレポート読んだ時から密かにファンだったんだよ。」
「そ、そうだったの!?」
驚いてアルルがシェゾの方を見れば、彼は少々耳の辺りを赤くして目を逸らしている。どうやら照れているらしい。
「それで賄いは当番制だったから皆順番に食事を用意したんだけど、シェゾ先輩の作ったそれがまた美味しくてね。」
「その気持ち分かるよ、先輩!ボクもシェゾが司書じゃなくて学生食堂のコックさんのバイトだったらどんなにいいと思ったことか・・・。」
「お、お前らな・・・。」
アルルとカミュの会話に口元が引き攣りそうになるシェゾ。特にアルルの心底悔しそうな態度が癪に障る。
「あ!ならさ、いっそ先輩も参戦しちゃったらどう?満漢全席争奪戦。」
『何!?』
アルルのがそう発言した瞬間、爆音が収まり、音源であった張本人たちの視線はカミュに集中する。
「・・・そうだね。せっかくだし、彼らの挑戦受けさせてもらおうか。」
カミュはニコリと微笑んでそう宣言した。
「そういうことで、期限は明日の日没までね。Let’s fight★」
アルル(レフェリー)の掛け声により、再び爆音の応酬が繰り広げられるのだった。もはやシェゾは唖然とするしかない。
「じゃ、後は頑張ってね。ボク、これからルルーの家にお呼ばれしてくるから。」
「言うだけ言って逃げるな〜!」
挙句の果てにアルルはシェゾを現場に残してとっとと逃亡した。ラグナス、Dシェゾ、サタン、カーバンクル、そしてカミュの五つ巴の争い。恐らく今シェゾが何か言った所で聞く耳は持たないだろう。シェゾは現在自分の置かれた状況を考え頭痛を覚える。
「俺はもう知らん!貴様らで決着付けやがれ!!」
シェゾはそう言い捨てると空間転移でさっさとその場を後にした。なお、またもや余談になるが、やはりこっそり彼らの戦いを覗いていたドラコは・・・
(確かにシェゾの料理は旨いらしいけど、あの五人に割って入る度胸がある人はまずいないんじゃないかな・・・。)
そんな思いを胸に抱きつつ、帰宅の途へ着くのであった。
近所迷惑な破壊行為は一晩中続いた。ラグナスの振り下ろす剣をDシェゾが受け止め、反対に相手の鳩尾に蹴りを叩き込もうとする。カーバンクルのビームをカミュがサタンを盾にすることでやり過ごす。
「ファイヤーストーム!」
「何のサタンブレード!」
「意表をついてコールド!」
「うわっと!ならこっちはホリーアロー!」
「グー!」
魔導の応酬で大地は抉れ、森は焼かれ、大気は不安定なものになったりした。その影響か、本来夏であるはずの気候の土地でいきなり雪が降ったり、渦潮の上空に何故か竜巻が発生したり、砂漠のど真ん中で空から蛙が降ってきたり、いきなり死火山が噴火したりと、異常現象が各地で多発しまくったのである。
「ニュークリア!」
「アレイアードスペシャル!」
「ファイナルクロス!」
「サタンクロース!」
「グググー!」
そして五者の大技が発動された所に運悪く通りかかってしまった人物が一人。紫の魔導アーマーに紅い瞳、容貌はオリジナルにそっくりであるはずなのにどこか大人びた雰囲気が漂う、アルルのドッペルゲンガーことDアルルであった。
「ふへ?・・・きゃああああああああああ!?」
間一髪防護魔導を発動させたが、押し寄せてくるエネルギー量があまりに強くて、Dアルルは踏ん張りが利かず弾き飛ばされてしまった。
「痛タタタタタタ・・・やだなぁ、お尻打っちゃったよ。」
それでも大した怪我も負っていないあたりは凄いと言うか何と言うか・・・。お尻をさすりながら立ち上がるDアルル。
「Dアルル?何故、お前がここに・・・。」
「でも、良かった。無事みたいですね。」
「他の人が巻き込まれてたら危なかったよ。」
「うむ、流石だな。」
「グ〜?」
ワラワラと姿を現す彼らにDアルルは怪訝な顔をする。彼らは悲鳴を聞いて一般人を巻き込んでしまったのではないかと危惧し、様子を見にきたのだ。どうも徹夜明けで注意力散漫になっていたらしい。
<NEXT>