バイクデザイン考: ホンダの場合 (01.1.7)


たぶんホンダの、いやホンダに限らず世界でいちばん偉大なバイクは何かといえば、それはスーパーカブだろう。その基本デザインは発売から40年以上変わっていない。バイクはカブに始まり、カブに終わる、なんて声も聞こえてくる。だがここでは、変わるべきものとしてのデザインを議論する。

ホンダのバイクのデザインは他の3社のそれとは、ある意味では捉え方が違うかも知れない。確かに他社と同様、ネイキッド売れ筋モデルとしては、CBナナハンの血筋のCBシリーズがある。また、レーサータイプとして、CBRまたはRVFの系列のモデルがある。エンジンの形式で考えれば、かつてクオーター市場で一大ブームを起こしたVツインのVT250Fの末裔モデルがある。しかし、ここ20年ほどのバイクデザインの変遷を見ると、今ホンダはバイクのデザインへのこだわりがかつてほどはないように思える。

ホンダは新車を開発するときは、常になにかしらの新しい試みをしてきた。仕上がった製品が、デザイナーの意匠よりも、どこか技術者の匂いをさせているのは、そのせいかもしれない。私のCBX400Fは、400は二気筒で充分との技術上のポリシーから四気筒のモデルに消極的だったものを、ファンの声に押されて、他のメーカーに遅れをとりながらやっと出てきたものだ。期待されて登場しただけに、後発として、性能にもデザインにも気合いが入っていた。免許制度のせいもあるが、400で四気筒なら出せば売れた時代でもあった。そう考えると、CBX400Fは必ずしもホンダらしさの代表ではないのだ。

CBXからの四気筒400モデルの変遷は、REVと呼ばれた可変バルブを搭載した空冷のCBR400F、水冷でフルカバードのCBR400R、ネイキッドに回帰したCB-1、さらにレーサータイプのCBR400RRとなり、ブームに押されて追加されたネイキッドCB400SFと合わせて今に至っている。このモデルチェンジを興味深く目撃した者としては、ある種の思うところがある。

カワサキがZ1のイメージでゼファーを持つように、ホンダのネイキッド並列四気筒はCB750Fの系譜の上にある。これらのバイクが根強い人気があるのは、これがある意味で日本のモーターサイクルデザインの原点でもあるからだ。それは基本的には、タンクの形状とエンジンの造形、そしてそこから延びる4本の輝くエキゾーストパイプで決まっている。その頃は、フレームがダブルクレードルでもサイドはタンクに隠れるようなフレームワークだった。そのために、このタイプのバイクでは、フレームの存在自身が目立たなかった。

バイクが高性能化するとともに、フレームの高剛性がもとめられるようになると、鉄のパイプではなくてアルミツインチューブのフレームでステアリングヘッドとスイングアームピボットを直線的に結ぶことが合理的な帰結となった。モノコックはその究極といえる。ここでデザイン上で困ったことが生じた。ステアリングヘッドから直線的にフレームを延ばすことは、タンクの形状を制限することになったのだ。フレームの「通り道」で切り取られたタンクの形は、ZやCBのタンクを見慣れた目には受け入れることが難しい。カウルをとったVT250Z、もとからノンカウルのBROS400/500、CB-1、さらにカワサキのGPZ400Rのノンカウル版FX400Rは、そもそも初めからデザイン上のハンディを負っていたと思う。

イタリア車などではフレームワークそのものをデザインの一部として「見せる」ものにしているモデルがあるが、日本車では今では、直線的なフレームをあらわにするモデルはむしろ例外的になった。フルカウルモデルは、そのカウルをこのフレームに沿ってカットすることで、全体のバランスを保っている。その代償として、各社のレーサータイプはカラーリング以外はどれも似たものになった。もっとも、それがレースで培われた必然のカタチというなら、それまでだが。

ホンダがあえてその困難に挑戦したひとつの例がフルカバードのCBR400Rだ。フレームの視覚制限から逃れ、エンジンを隠し、タンクをタンクとして意識させないその覆いは、車のボディと同列のものだ。カムギアトレインを採用したエンジンなど新機構が盛り込まれた上に、曲線の処理が工夫されたデザインではあったが、あまり人気が出なかった。それはフルカバードとは言えど、まだまだフルカウルバイクの延長との印象が拭えなかったこともあるだろう。Bimota のDB-1と比べるとデザインの大胆さにいまひとつ欠ける。もっとも、無料のモーターウエイでの高速走行を前提としたヨーロッピアンモデルと比べて、町中での中低速中心の日本では、フルカバードでは夏場に湯たんぽを抱くようなものだったのかもしれない。

製品として世に出す以上、売れることが至上の目的だ。設計者にとっていかに満足の行くモデルでも、市場では受け入れられるとは限らない。ただ、外観としてのデザインばかりではなく、設計コンセプトが形をなしたものとしてのデザインが、これから議論の対象になっていくことだろう。バイクトレンドの主要な担い手がレーサー少年でなくなってから久しい。

飛ばし屋さんに好まれるバイクは、それはそれで存在価値もあるだろう。だが、21世紀はそれが主要なバイクとのつきあい方では無くなる。四輪メーカーとして環境問題に取り組んでいるホンダは、バイクメーカーとして2ストを廃し、4スト水冷原付きを出してきた。二輪のトップメーカーとして、これはホンダが果たした責任のひとつだと思いたい。

環境のための排ガス対策と燃費、の他に、バイクにとって大切なキーワードは、セーフティとセキュリティだ。これまでセキュリティ、とりわけ盗難対策、はメーカーが本腰を入れて来なかったものだ。レースの好きな人間がホンダに集まったと言われたものだが、レースとはなにもサーキットで速さを競うものばかりではない。盗難されにくくするような機構や設計、たとえ盗難されてもオリジナルのキーがなければエンジンが始動しないようなマイコン制御、すべての自社製造バイクの車体IDとそのユーザーのデータベース管理など、ネット時代でこそ競う価値のある技術レースが山ほどあるのに、そんな「観客のいないサーキット」で挑戦する技術者は、いないものだろうか。



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