コーヒーブレーク「そしてオフィスで転んでしまった」(02.10.26)


現在多くの出版物はパソコンを使って制作されている。高速になったマッキントッシュが、また最近ではPCが、ワークステーションとしてデザイン、画像処理、組み版を行い、できあがった紙面がそのまま直接に印刷版に出力される。写真画像を扱うPhotoshop、イラスト制作のIllustrator、これらの画像とテキストを紙面編集するDTPソフトのQuarkXPress が長らく定番となっている。

それまでの複雑な製版作業を必要とした印刷工程をコンピューターが一変させたこの15年は「印刷革命」であったが、製品としての印刷物に違いが出るわけではないので、その革命の進行は一般には知られることはなかった。

マッキントッシュの前にもコンピューターによる画像処理はすでにあった。1980年にイスラエルの会社が印刷工程のためのカラー画像処理、紙面編集のシステムを初めて開発した。それは日本では億の値段のする高価なものであった。特別な空調を必要とし、装置自体もおおがかりなシステムは、操作も複雑であったために、トレーニングに1ヶ月を要したと聞く。だからオペレーターもエリートの扱いだった。

そういう高価なシステムのベンダーからすれば、すでにQuarkとIllustratorが登場していた1988年の時点でさえ、「パソコンごときに何が出来る」と思う向きが多かったのも無理もない。マックに必要だったのはPhotoshopのような、プロにも使えるカラー写真画像処理のソフトだった。Photoshopは1991年当たりに登場したと思うが、これで印刷出版がどう変化するかは、先が見えていた。見えていなかったのはその変化のスピードだけだった。現在私のPowerBookでさえ、かつて何千万もしたシステムと同等の仕事ができる。

その変化を加速させたのは、IBM-PC/ATとその互換機の急速な普及と低価格化だった。PCとは言え、まだ個人でだれもが買えるものではなく、業務用に、とくに事務と営業のオフィスで使われることで、低価格化を進行させ、オフィス内ではあるが一人で専用に使える「パーソナル」なコンピューターになった。

オフィスで使われる業務ソフトは、画像系ではない。10年前でいえば、オフィス用のソフトの定番とは、ワープロ、表計算、データベースの3つだった。現在ではそれに加えてプレゼンソフト、メールソフトが加わるが、これらをまとめたパッケージソフトとしてオフィススイートと呼ばれることが多い。

デスクの上にモニターやらノートパソコンが置いてあるのが普通の光景になった今では、もはやOA革命と呼ぶ人もいないが、印刷業界の変化にくらべて「オフィス革命」と呼べるかどうかは、疑問もある。それは業務を根本的に変えたものではない。ワープロソフトはすでにあったパープロ機の代替えでしかないし、表計算ソフトはいわば電卓の進化形だ。データベースは住所録程度の利用しかない。会社の売り上げや経理関連のデータベースは別のサーバーで管理されているはずだ。

要するに、それまでのオフコンの業務端末に替わって、パソコンが端末機として使われるようになったのが 実態だ。ただパソコンの普及期がインターネットの発展と重なったために、パソコンもLANそしてインターネットで使われることが前提となった。それまでファックスで送られていた書類を、メールの添付で送付することが流行りとなった。すると、同じソフトでないと添付ファイルが開けないために、使われるソフトが淘汰されてしまった。残ったソフトがデファクトスタンダードと呼ばれている。パソコン教室の教程をみると、コンピューターの理解ではなくて、ワード、エクセル、メールソフトの操作の練習が中心になっている。パソコンをオフィスソフト用の道具に押さえて置くことが特定の私企業の利権に繋がっている。

一見、古くさいダーウィン主義者が喜びそうな、適者生存の一例のように見えるが、じつは独占という手段で競争を阻害して、購買者の選択の余地を奪っていることが隠されてきた。セキュリティの危うい特定のOSやソフトしか選択肢がないとどうなるか。同じ遺伝子のクローン生物がたったひとつのウイルスで全滅しうることを想像してしまう。思えば、現在のPCの普及も、じつはIBMがPC/ATのアーキテクチャーを公開したために互換機メーカーを登場させたことがきっかけになっている。IBMのそもそもの目論見がどうであったにしろ、結果的にはハードウエアのオープンソースを進めたことになった。そしてオープンであることが、これほど業界を活性化させ、ひいては購買者の利益と利便性をもららすものか、ひとつの例証となっている。そのIBMは今週、自社のサーバーのみならず最高性能スパコン『Blue Gene』のOSにLinuxを採用すると発表した。



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