ヨーロッパ、アメリカの車はいわゆる左ハンドル車で、日本とは逆にドライバーは左側から乗り降りします。バイクに乗り始めたころ、ではバイクもヨーロッパでは同じく日本と逆に右から乗って、クラッチとフットブレーキも左右が逆かしら、と思ったものです。事実は、日本のバイクがヨーロッパのバイクを左右にとんちゃくなくコピーしたものでした。
たしかに、バイクの右側から跨がるライダーはまずいないと思います。特殊な状況下では右から乗ることもあるでしょうが、教習所で教わる乗車法をそのまま踏襲しているのが普通です。それは、サイドスタンドが左側しかないのと、センタースタンドを起こすときに体重をかけるテコが左側にしかないせいです。それが左側から乗り降りするように、バイク自身が強要していることになります。
でも、おそらくだれもが、教習所で強制される発進の手順に疑問を感じたことがあるでしょう。まず、後方を見て左側からバイクに乗り右足ブレーキを踏んでエンジンを始動する。次いで、右足に踏み替えてギアをローに入れる。それからまた左足に踏み替えて後方を確認して発進する。
試験に受かるためにはこれに従うしかありませんが(今でもそうでしょうか?)、いざ免許が取れたら、ライダーはそれぞれ自分にあった発進法に切り替えているはずです。たとえば、私はギアをローに入れたまま「右足発進」しますが、おおかたのライダーも同じでしょう。
ではなぜ、教習所では「左足発進」にこだわるのか。
想像するに、これは後方確認しやすい姿勢と考えられたからではないか。でも、左、右、左と足を踏み替える動作はあまりかっこいいものとは言えません。唯一左足発進が必要になるのは坂道発進のときだけでしょう。
それでは、車が右側のヨーロッパではどうでしょう。道路右端のバイクに跨がる自分を想像すると、左側から跨がり、ギアを落とした姿勢で後方確認をして、そのまま発進することができそうです。つまり、クラッチが左側というのは、右側通行に合った配置であると言えます。
なぜこんなことが気になったのか?
教習所では右も左も小回りすることに何の抵抗もなかったのですが、いちど狭い道でUターンに失敗してコケたことがありました。それは、買ったばかりの小径ホイールのバイクだったので、教習車と勝手が違ったせいもあるのですが、それ以来、Uターンに苦手意識が残りました。Uターンとは、日本では右回りになります。左ターンはなんでもありません。
自分の運動機能は左と右の別なしと思っていたのに、なぜかUターンは緊張するのです。なぜ左右対称が破れたんだろう?
それが、先日読んでいたある本のおかげで、あらためてこの疑問を整理する機会を得ました。それは、1585年に書かれて、1946年まで知られずにいたルイス・フロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』(岩波文庫)で、その中にこんな一文がありました。
「われわれは馬に乗るのに左足を使う。日本人は右足を使う」(122ページ)そして、訳注に「ヨーロッパでは馬の左側から、日本では右側から乗る [中略] が、これは左手に弓を持って乗る習慣から起こったもので、左手を弓手(ゆんで)、右手を馬手(めて)という」とありました。なーんだ、べつに疑問にも思わずにいた左乗りは普遍的な理由があったんじゃないんだ。もしも、日本でモーターサイクル(と自転車)が発明されていたら、それは右側から乗るように設計されたかも知れない。少なくとも、車が左側通行の下では、車と同様、バイクも右側から乗ることに合理性があります。ではなぜ、右回りが苦手なのか?
バイクの取り回しで8の字を練習しますが、左側に立つ以上、右回りは左回りと感覚が違ってきます。いつもバイクの左側がひいきになると、右側が迂遠にならないでしょうか。
だから、取り回しはバイクの右側と左側の両方で練習する。サイドスタンドもセンタースタンドのテコも左右対等に付ける。そうすれば、もっとバイクがライダーの身体の一部のようになるんじゃないかしら、なんて空想してしまいます。
二輪界、人間界における左右の非対称性について関心をもたれた方は、『自然界における左と右』(マーティン・ガードナー 紀伊国屋書店 1992年)もどうぞ。
後記レースサーキットはほとんどが右回りです。ピットから出て合流するのは右からになりますが、これはヨーロッパの高速道路への進入と同じです。もしサーキットを左回りにして、コースへの合流も日本の高速のように左からにすると日本人とイギリス人ライダーに有利!?
自転車だと右乗りの人も少なからずいるようです。日本の武士の子孫かも。
陸上トラックは左回り。でも、これは4回目のオリンピックからで、第3回までは混在だったらしい。明確な根拠なく国際陸上競技連盟が左回りのルールを決めた。
面白いのは、競馬。右回りもあれば、左回りもある。これは、「サラブレッドの美しい体型を崩さないため」だという。私も「美しい」フォームのために、クロールを両サイド吸気に切り替えているのだが、なにせ右吸気の時代が長すぎて、左右対称にはなかなかならない。
大リーグで大活躍のイチロー選手は、右バッターボックスで一塁への距離をかせぐ。左バッターボックスは不利。それなら、ダイヤモンドを右回り、左回りと一日毎に替えたら面白いかも。