読者層の限られたコーヒーブレーク 『眠った英語を呼び覚ます』 (04.12.25)


市立図書館で本棚をブラウズしていたら、ある書名に目が留まり、その書名から すぐに内容が予想できて、そのまま貸し出しコーナーに持っていきました。それは 新崎隆子『通訳席から世界が見える』(2001年 筑摩書房)。

もう、9年くらい前になるでしょうか、いちどプロの「同時通訳者」をお願いした ことがありました。海外の子会社からの現地社員を集めて「国際」会議をすることに なり、そこに英語を解さない日本人社員が混じるので、同時通訳をつけよう、 ということになったのです。

会場は、通訳室を備えた富士山麓の会議場。通訳するということがどのようなことなのか ある程度わかっている私は、業界用語や専門用語など、辞書に載っていない 特殊用語、載っていても意味が違う単語のGlossaryを用意したり、私のプレゼンは 前もって予稿を渡しておりました。

同時通訳は女性が3人でした。プロの通訳と一緒に仕事をするのは、それが初めて でしたが、私はその英語の能力ばかりでなく、彼女たちの仕事の しかたそのものに目を見張りました。上記『通訳席から』には、同時通訳の仕事 ぶりが書かれていますが、まったくそのままです。

帰りの新幹線の中で、たまたまその通訳グループのリーダーの人と隣り席になった私は、 通訳の仕事について話を伺うことができました。まず、3人ともイギリスに留学 して英語を鍛えていること、さらに、日本にプロとして通用する同時通訳者は 数えるほどしかいない狭い世界であること、など、知らなかった世界をかいま見る ことができました。

それ以上に記憶に残るのは、彼女たちの知識量でした。会議の同時通訳というと、 それはたいてい専門性の高い領域で、そのためには専門用語から業界にかんする 知識など、事前に学習しないとならないことが山とあります。その話をしている ときに、「日本人はせっかくオリジナリティのある仕事をしても、英語で発表 しないから、世界で知られていないものが多くて残念です」という話題になり ました。

なにがきっかけだったか覚えていないのですが、そのときに遺伝だか生物学 の話が出てきて、私が「そうですね、ダーウィンの進化論に対抗して、まったく独自の 進化論を提唱していた今西錦司という日本人がいるのに、日本でさえ広く知られて はいませんね」というと、彼女は目をみはって「そうそう、そうなんですよ。驚き ました、今まで仕事で会った日本の方で今西錦司を知っている人はいなかったので」 驚いたのは私で、プロとはいえ、まさか通訳の人が今西進化論まで知っているとは 思わなかった。仕事で詰め込んだ知識もあるでしょうが、彼女らの知識は付け焼き刃 ではありませんでした。

黒子に徹する通訳のしごとは一般には知られることはありませんが、プロの 同時通訳者ってスゴイなあ、と尊敬したものです。 それに、やはり海外留学しないと、本格的な英語の仕事はできないんだろうなあ、と 日本で英語を学ぶことに限界があることを認めるようで寂しくもありました。

さて、上記の『通訳席から』の著者、新崎さんは、じつは海外留学の経験がありません。 あくまで努力と苦労を重ねて、同時通訳者となった方で、同時に通訳者養成学校の 講師もされています。そして、日本人にはどのような学習法が必要なのか、自らの 経験と試行をもとに、新しい英語学習法を生みだしました。それを ひろく人の役に立つようにと、出版という形でまとめてくれたのが 標題の『眠った英語を呼び覚ます』(新崎隆子 高橋百合子 共著 2004年 はまの出版)です。

私自身は英文科出身でもなし、英語とは無関係の環境に育ったので、英語は学校 で習った以外に特別教育を受けているわけでもありません。ところが、大学でアメリカ人、 カナダ人の先生の授業はなんでもなかったけど、いちど路上で米兵(と思しき若者) に話しかけられたときに、何をいっているのかさっぱり分からなかったので、これで はいけない、英語はことばなのに、聞きとれなければ話にならない、と自分の耳と 声の矯正プログラムを模索する旅が始まりました。

当時、「名画座」といって、ロードショーが終わったあとの洋画を2本立てで200円 で上映する映画館がありました。今のようにビデオがなかったころですので、 ここに通い詰めて、何度も同じ映画を必死に観た、いや、聴いたものです。

そうして覚えたせりふが、いまでも口をついて出てくることがあります。

もちろん、映画を観るだけでは英語力を伸ばすことはできません。そのころ私は こんなふうに日本人の英語を考えていました。

「日本人が英語べたというけれど、とくべつ日本人の能力が劣っているとは 考えられない。もしも、勉強のわりに、英語が上達しないのなら、それは 勉強のしかたがまちがっているせいに違いない。日本人に合った英語の勉強法 を工夫しないで、ただ、海の向こうからやってくるメソッドをまねているだけでは いつまでたっても英語べたのままだ」
そのときに、ある本に助けられました。それは、中津燎子『なんで英語やるの?』 (1974年 午夢館、1978年 文春文庫)『再び なんで英語やるの?』(1978年 文芸春秋)

そこで指摘されていた英語の音の発声法を読んで、あっ、そうか、と目から 鱗の衝撃がありました。それと、言葉以前の問題も。とにかく、12の母音 (短母音)の発声練習をしたおかげでしょう、今でもときどき、おまえは どこで英語を習ったんだ?と海外にでかけたときに聞かれることがあります。 どうも普通の日本人らしくない発音らしい。

いくらか通じる発音ができたものの、聞きとるのはまだまだです。それはどんな 訓練がいいのか、試行錯誤するも、学習法がわからずにいました。そこに現れた のがこの『眠った英語を呼び覚ます』でした。この本は、『なんで英語やるの?』以来の 衝撃です。

中津さんが、日本人の発音を指導するなかで日本人向けの発声訓練法を見つけた ように、新崎さんは通訳養成の訓練をするなかで、独自の訓練法を見いだしました。

この本の冒頭に、ちょっと長めの英文を覚える例題があります。私は記憶力には 自信がないので、暗唱は苦手ですが、なんとここで紹介されている手順でやると 自分でもびっくりするほど、すんなり記憶できるのです。なんで、こんな簡単な ことに今まで気づかないでいたんだろう、とまたまた目から鱗です。

関心をもたれた方は、いちど店頭で立ち読みしながら試してみてください。

さて、一冊の本を紹介するのに、ずいぶんと長いエッセーになりました。それは この類いの本は「読者層が限られている」ために、なかなか出版されることが ないからです。さらに、出版されても、それを必要とする読者を得ることは 簡単ではありません。だいいち、本屋には英語学習の本がたくさん並んで、どれにしたらいいのか 迷うだけです。なかには安易な中身の出版物もあるでしょう。でも、 ベストセラーにはならなくとも、価値ある本を世に出そうとする出版社もあります。 そういう出版物はクチコミとネットコミで広める意義があろうかと思います。

日本人の、日本人による、日本人のための英語学習法。それを生みだし、伝えようとする 先輩からしっかりとバトンを受けとめることは、英語で苦労したことのある人なら、きっと できること。やがて次の人にバトンを渡すために。



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