コーヒーブレーク 『SAYURI』とNinja (05.12.30)


先日映画『SAYURI』を観てきました。とくべつ観たかったわけではない のですが、東宝の招待券があるので、チャン・ツィイー目当てに府中のTOHOシネマズに立ち寄りました。そうなんですね、この映画の話題性は、日本を舞台にしたアメリカ映画でありながら、日本人でない女優が日本人のヒロインを演じる、しかも日本人役も日本人俳優もみな英語を話す、というものです。

原作は1997年にアーサー・ゴールデンがアメリカで発表してベストセラーになった『Memoirs of a Geisha』。そのまま訳すと「ある芸者の回想」ですが、アメリカ人にとっての「ゲイシャ」は、「サムライ」「ニンジャ」とならんで、アメ リカが日本について抱いているイメージと現実の落差を代表するものであり続けています。

原作者は小説のヒントを、自らのイマジネーションからというより、元芸妓の岩崎峰子さんとのインタビューから受けたらしく、おそらく日本に滞在していたときに、アメリカ人の考える「ゲイシャ」がひどく歪んでいたものであることに気づいて、彼女の実話をベースに小説にして一山あてようとしたもののようです。そして実際に一山当ててアメリカではベストセラーになりました。

その小説の日本語訳が出たときの日本語タイトルは『さゆり』、そして今回の映画の邦題が『SAYURI』。これは、日本では「ゲイシャ」をタイトルにしてヒットすることがないためですが、アメリカではその逆に、日本語の原題に頓着なく「ゲイシャ」をアメリカ版のタイトルに使います。

以前引用した浜野保樹『模倣される日本 - 映画、アニメから料理、ファッションまで』(祥伝社新書 2005年)には、アメリカに紹介された日本映画の英語の題名比較があります。(63ページ)

 祇園囃子(1953年)は A Geisha
 太夫さんより女体は哀しく(1957年)は A Geisha in the Old City
 四畳半襖の裏張り(1973年)は World of Geisha
 陽暉楼(1983年)は The Geisha
 あげまん(1990年)は Tales of a Golden Geisha
 おもちゃ(1999年)が The Geisha House

「上を向いて歩こう」が「スキヤキソング」ですから、とくべつ驚くこともないかも知れません。

ところで、映画そのものは、期待以上でもなし、以下でもなかったのですが、この映画がほとんどアメリカで作られたセットの中で撮影されたこと、主役にチャン・ツィイーを起用したことが、しばらく頭から離れませんでした。これまで、日本を舞台にした外国映画を観ると、アチラではどんなふうに我が日本を観ているのかしら、とつい国粋主義者になるとともに、相変わらず日本についての理解に乏しいなあと、呆れていただけでしたが、チャン・ツィイーが日本人役に打ち込んでいる姿を見たせいか、ただ映画を「外国人の日本観」として批判するだけの見方は考え直さないといけない、と気づきました。

それは、この映画をとても面白いと感じるアメリカ人がいるという事実です。すると、小説にしろ映画にしろ、その舞台となっている国や土地は、単なる材料でしか ないので、必ずしもそこに暮らしている人に違和感をあたえるかどうかは問題ではないことになります。

事実、シェイクスピアのハムレットにしろベニスの商人にしろ、舞台はデンマークとイタリアです。しかも、イタリアでは「ベニスの商人」はあまり好まれているわけでもないそうで、それはプッチーニの「蝶々夫人」が日本であまり上演されないことと共通しています。ミュージカルの「エビータ」もアルゼンチンでの受け入れ方はかなり違うことでしょう。でも私たちはこれらを面白く観ています。

日本は1500年も前から、海の向こうからの文化を学ぶ、つまりマネすることを当たり前と思い込んできた歴史があります。それが今や、教わるべき先生が、じつは生徒のことを理解していなかったことに、生徒が戸惑っているようにも見えます。つまり、模倣することに慣れてきた生徒が、模倣される先生になろうとしないでいるようなものでしょうか。マネられた日本の姿から、これまでの文化受容がいかに受動的なものだったか、逆に気づくきっかけになりそうです。

カワサキのGPZ900Rが、アメリカでニンジャのニックネームを付けられたとき、きっとだれもがおかしさを禁じえなかったはず。でも今では、バイクを知らない人はともかく、ライダーならNinjaに違和感がないほど馴染んでいることでしょう。この違和感がないことが、『SAYURI』の見方に繋がっています。いや、これは私がたんにチャン・ツィイーのファンだからかしら。彼女のアクション演技能力は、Dark Angelのジェシカ・アルバを思い起こさせます。



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