続・車輪ふたつの運動学 - 運動エネルギーのもうひとつの見方 -  (07.3.4)


せっかく、車輪の慣性モーメントと運動量を計算したので、そのついでに、バイクの運動エネルギーについても考察することにしましょう。それは、バイクの動力性能ばかりでなく、エネルギー効率と燃費を考える新しい視点を与える材料にもなります。

二輪のカタログ上の燃費は以前から「60km/h 定地走行テスト値」を表示しています。昔のカタログを見ると、私のCBX400Fは40km/L。CBX750Fが36km/L。これは、いうまでもなく、そのバイクが出せるベストの燃費で、実際にはそんな条件下で走ることはできません。その半分くらいが実際の燃費と言われたものでした。事実私のCBXは、通勤時はきっかり17km/L、ツーリングの時の燃費は記憶していませんが、たぶん22キロほどだったような気がします。しかし、同じ空冷でも、現在のCB750のスペックが27km/Lですので、ひょっとしたら今では測定条件が違うかも知れません。

そこで疑問は、じゃあ、いい記録を狙った特殊な走り方ではなくて、普通の運転で「60km/h 定地走行」をした場合の燃費を基準として、減速と発進加速を繰り返す実際の市街地走行はなぜ、どのように、どのくらい燃費のマイナスとなるのか?

定常走行とは一定速度で運動することですので、もしも道が水平かつ平坦で、走行の抵抗がゼロならば、その運動エネルギーを保持したまま、動力なしで(つまりエンジンを切って)一定速度で直進することができます。実際は、タイヤと地面との抵抗やら、バイクの機械的摩擦、空気抵抗によるエネルギーロスを補わないとならないので、電車のような惰性走行はできません。けれど、この巡航時のエネルギー効率が一番いいのは事実です。

すると、定常走行時のエネルギーロスとしての走行抵抗はいかほどか?

前回のように、私のK75Sを例にとると、それが60km/hで走行しているときの運動エネルギーは

E = 1/2 x M0 x V2 + 1/2 x J x ω x 2
M0 は私とバイクを合わせた総重量、V は速度、J は車輪の慣性モーメント、ω は回転する車輪の角速度。第一項はバイクと私の並進による運動エネルギー、第2項は車輪の回転による運動エネルギー(x 2は車輪が二つのため)

車両重量は240kgほどとして、私と一緒だと300kg。速度が60 km/h のとき、V=16.5 m/s、ω= 50/s、車輪の回転モーメントは前回の計算から J=0.54。これらを入れると、時速60キロで走行時の運動エネルギーは、

E60 = 40837 + 1350 = 42187 J (ジュール)
車輪の回転のエネルギーは相対的に小さいものであることが分かります。ついでながら、120 km/hでの走行時のケースは、
E120 = 163350 + 5400 = 168750 J(ジュール)
運動エネルギーは並進速度と回転の角速度ともにその2乗に比例しますので、速度が2倍になると、運動エネルギーは4倍になります。

ではこのエネルギーはいかほどの「大きさ」なのか? 1ジュールの定義とは「1Nの力で1m動かす仕事」ですが、もっとピンとくる量に換算してみましょう。お馴染のカロリーとは、1ccの水を1℃上げる熱量で、1 カロリー = 4.18 ジュール という関係があります。これで換算すると、E60はおよそ1万カロリー、E120は約4万カロリー。

つまり、60 km/h で走行している私のバイクを停止させるためには、この運動エネルギーをブレーキとタイヤなどで熱エネルギーにして放出します。その熱エネルギーの1万カロリーとは、1リットルの水の温度を10℃上げる量です。同様に、120キロで走っていると停止する際に0.4 L、つまりカップ2杯分の水を沸騰させる熱を捨てていることになります。

以上は走行抵抗を無視した場合ですが、実際は、60 km/h または 120 km/h の速度を維持して走るには、それぞれの走行抵抗に打ち勝つためのエネルギーが必要です。では、走行抵抗はいかほどの力なのか?

走行抵抗は高速になるほど、空気抵抗が飛躍的に増大することが分かっています。低速走行時は、その走行抵抗が速度に依らず同じと仮定します。すると、ある速度でクラッチを切って、どのくらい惰性走行するかが、走行抵抗の目安になります。

60 km/h から惰性走行で走れるのはどのくらいでしょうか。2〜300m くらいは行きそうな気がします。いまこれを300mとすると、抵抗の力 R が300m かかるので、仕事の定義から

E60 = 42187 J(ジュール) = 300 x R よって、 R = 140 N(ニュートン)
力の単位としてのニュートンがぴんと来ないときは、「重さ」に換算すると感覚的に分かりやすくなります。1 kg の物体に重力がはたらくとその力が 1 kgf。1 kgf = 9.8 N ですので、140 N の力とはおよそ 14 kg の重さ。 60 km/h で走行しているときの抵抗が 140 N と仮定して、そのときは秒速で 16.5 m/s ですから、毎秒の仕事(仕事率)は
140 x 16.5 = 2310 W(ワット)= 2.31 kW
これを、見慣れた表現の「馬力(PS)」で表すと、1 PS = 0.735 kW なので、
60 km/h 定常走行時の私のバイクの最低必要馬力 = 2310/735 = 3.14 PS
これは、走行抵抗にバランスするために最低必要な馬力なので、さらにエンジンの出力を上げて発生させた馬力とこの走行抵抗との差が、加速を生むことになります。そして、この加速時のエンジン出力が定常走行時に比べてどれだけ大きな仕事をしているかが、「定地走行」燃費と実際の燃費との乖離について、考えるヒントとなります。

今回はここまで。続きは次回に。

ところで、実際の走行抵抗はどんなふうに計っているものか知りませんが、こちらに

『モーターサイクルに最適な動力性能とは(SUPER HAWK III 技術資料1)』
http://www.honda.co.jp/factbook/motor/SUPERHAWK/19800700/011.html
バイクとライダーの合計重量が 230 kg のときの一般的走行抵抗値(PS)のグラフがあります。(グラフと数値が一致していないように見えますが)これを見ると、60 km/h あたりから、走行抵抗が二次関数的に上昇することがわかり、100 km/h では10馬力でよかったものが、180 km/h の速度を出すには50馬力以上が必要、としています。


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