前回までは、単に物理量の定義と、仮定の上での数値にもとづいて、運動エネルギーの議論をしておりました。定義というのは、一般的には難しい議論のためにその道の専門家が振り回す知識のような印象がありますが、ほんとはそうではなくて、定義とはその物理量の意味を、だれにでも理解でき議論できるようにしたものであり、素人であると専門家であるとにかかわらず、問題を理解・解決しようとするときの大切な道具のようなものです。そして、「仮定の上の数値」とは、でたらめな数字のことではなくて、おおよその数字を近似として用いたものでした。
今回は、実際のエンジンの性能を考えるために、バイクの実測データとして、エンジン性能曲線と走行性能曲線を使います。ただ、私のK75Sにはこのデータがないので、同じ750ccのCB750のものを、私のK75Sに近似しているだろうとの仮定のもとに、そのカタログから引用させてもらいます。(画像をカチンすると拡大表示)
このふたつの性能曲線はバイクのカタログにはたいてい掲載されているものですが、多くのライダーには、トルクカーブがフラットかピーキーか、またいわゆるトルクの「谷」がどこで、何回転から立ち上がるか、などの定性的な把握のための材料にとどまっていることでしょう。
かく言う私も、恥ずかしいことに、このグラフでいう軸トルクが、スロットルを全開にしたときに各回転速度で発生する出力であることを知らずにおりました。エンジンとはそもそも動力として最大馬力を効率良く発生させる機械ですから、スロットル全開が本来のエンジン性能であるという技術的前提があるものと見えます。現実には、大排気量のバイクは、スロットルを全開することなど、怖くてやったことさえないというオーナーがほとんどではないでしょうか。
ここでは、これらのグラフから定量的な議論を試みます。ただし、グラフから数字を読み取るのは目見当ですので、実際にCB750のメーター読みとはいくらか違っていることとは思います。
まずグラフから読み取れるのは、このバイクの出せる最高速度です。走行性能曲線には傾斜が0%、つまり平坦な路面の走行抵抗のカーブがあります。そして5速での駆動力曲線は、車速が小さいときは走行抵抗よりも大きいので、この差が加速を生みだしていることを表しています。ところが、グラフでは途中でこの駆動力曲線が途切れていますが、最高出力の8500回転まで駆動力カーブを伸ばせば、速度で180km/hくらいのところで、走行抵抗曲線と交わりそうです。この交点が、もはやそれ以上加速できない速度、つまり最高速度を示します。
もっとも、180km/h が最高速というのは750ccにしては控えめな感じが否めませんが、これは国内販売における馬力規制のために、わざと最高出力を落としているものでしょうか。
さて、カタログ上では「60km/h 定地走行」の燃費だけ掲載されていますが、中型大型バイクで60km/hで巡航するようなケースはほとんどありません。やはり、バイクの醍醐味は加速であって、それは60km/hから120km/hの間がエンジンの動力性能を実感できる速度帯と思います。
CB750のカタログ上の「60km/h 定地走行」は27km/Lですが、これからすると、120km/hで巡航すると私のK75Sの20km/Lとほぼ同じ程度になりそうな気がします。で、120km/h巡航時の燃費を20km/Lと仮定した近似値で議論します。
巡航ではありませんが、60km/hでフルスロットルしたときの、5速と3速の駆動力は走行性能曲線から、
そして、120km/hの場合は5速: 2300回転 駆動力 75kg 3速: 3700回転 駆動力 120kgこの駆動力とその速度での走行抵抗の差が加速を生じる力となります。5速、3速のギアのままでそれぞれ60km/hから120km/hまで、フルスロットルで加速するときに働く力は5速: 4600回転 駆動力 80kg 3速: 7400回転 駆動力 140kg簡単のために、それぞれ中間値をとり、48kgと95kgとします。3速と5速とでは、加速性能におおよそ2倍の差があることになります。ちなみに、3速の駆動力カーブは走行抵抗のカーブと近い上昇曲線を描きます。これは、加速度がどの速度でも同じことを意味しますので、ぐんぐんスピードが乗る、つまり加速の「伸び」がいいことを表します。5速のとき 駆動力 - 走行抵抗 = 75-15 = 60 (60km/h) -> 80 - 45 = 35 (120km/h) 3速のとき 駆動力 - 走行抵抗 = 120-15=105 (60km/h) -> 130 - 45 = 85 (120km/h)ここで、この駆動力による加速度と60km/hから120km/hに達する時間、およびその走行距離を計算します。
5速のとき、駆動力を一定の 48 kgとすると、その力 F をニュートンで表すと、F = 48 x 9.8 = 470 N。お馴染の F = mα(mは質量 kgでバイクと私の合計で300kg、車輪の回転モーメントは無視、αは加速度 m/s2) から
F = 470 = 300kg x α、α = 1.6 m/s2 (約 0.16 G)120km/h、つまり33m/s に達するまでに要する時間を t 秒とすると(16.5は60km/h走行時の初速度)33 = 16.5 + αt、16.5 = 1.6 t、t = 10.3 秒 (*1 追記参照) この間の走行距離 s = 16.5t + 1/2 αt2 = 170 + 85 = 255 m同様に3速のとき、駆動力を一定の 95 kgとすると、F = 95 x 9.8 = 931 N、
ここでエンジン性能曲線から燃料消費率を借りてきます。この単位は g/HP-h ですので、その回転数における1馬力あたり1時間の燃料消費、というのがこの物理量の定義です。931N = 300kg x α、α = 3.1 m/s2 (約0.32 G) 要する時間は 33 = 16.5 +αt、16.5 = 3.1 t、 t = 5.3 秒 (*2 追記参照) その間の走行距離は s = 16.5t +1/2 αt2 = 87 + 44 = 131 m5速で60km/h走行の2300回転時はグラフが途切れていますが、これを300g/PS-hとすると、このとき18馬力ほど発生しているので1秒あたりのガソリン消費は 1.5g/s。120km/hの4600回転では 240g/PS-hで、1秒あたり 2.4g/s。
同様に 3速では 60km/h走行時が 2 g/s、120km/h 走行時が 4.3 g/s。
120km/h巡航時の燃費が20km/Lとすると、1秒あたり1.7cc/s、ガソリンの比重が0.75なので、1.3 g/s。
フルスロットル、つまり急加速すると燃費が悪くなると一般的に信じられていますが、もしも加速した後で巡航するなら、加速時の10.3秒、あるいは 5.3秒など、燃費に及ぼす影響は小さなものであることが分かります。
議論を簡単にするために、上記の燃料消費率を5速、3速の中間値をとってそれぞれ 2 g/s、3.2 g/s とすると、5速で60km/h から 120km/h まで加速する距離255m 移動するときの燃費は、
2 g/s x 10.3 = 21 g (容積に直すと、28cc、燃費は 9.1 km/L)同様に3速のときは 5.3秒で120km/hに達するので、この走行距離は s = 16.5t +1/2 αt2 = 87 + 44 = 131 m。255mまでの残りの距離を5速120km/hで巡航すると考えると、この255mの間の燃費は、3.2 g/s x 5.3 s + 1.3g/s x (255-131)/33s = 17 + 5 = 22 g (29cc ->燃費 8.8 km/L)つまり、3速で思いきり加速して巡航速度になるのと、5速で時間をかけて120km/hに達するのも、燃費はほぼ同じ。世間でいう「急加速は燃費が悪い」という警告は、そのまま鵜呑みができないものであることが分かります。もっとも、それが全くのウソであるとは思いませんが、きっと、急発進やスロットルの開け方による不完全燃焼などが影響して、結果として燃費を落としているであろうことは想像できます。それと、加速する場合のバイクの機械的抵抗もあるでしょう。さらには、停止時のアイドリングによるガソリン消費はどれほどか考慮すべきですが、四輪は一般に14cc/分と言われるものの、バイクはデータがありません。車もバイクも、燃費が関心事なら、アイドリング時のガソリン消費もカタログで表示すべきと考えます。それがなかったら、アイドリングストップ運動も説得力に欠けてしまうでしょう。
それはともかく、燃費をエネルギー効率の一つと考えるなら、まずは巡航時はスロットルをあまり開けたり閉じたりしないこと、そして巡航速度に達するには、思いきり加速をするほうがエンジンのエネルギー効率から言っても理にかなっている、とは言えます。そもそも、胸のすくような加速の快感がなければ、バイクの楽しみは半減することでしょうね。
追記(08.2.18):K75Sの加速性能データ
同じナナハンとしてCB750の動力性能のデータを私のK75Sと近似しているだろうとの前提で拝借して議論しておりました。そのK75Sですが、スペック表に加速性能のデータがあるのを見つけました。それによると、
5速で 80 - 120 km/h の加速に要する時間 6.3秒とあります。上の私の計算では、
3速で 80 - 120 km/h の加速に要する時間 3.7秒5速で 60 - 120 km/h の加速に要する時間 10.3秒 (*1)でした。これを、80 - 120 km/hの加速時間として再計算すると、80 km/h は秒速で 22 m/s なので
3速で 60 - 120 km/h の加速に要する時間 5.3秒 (*2)5速で 80 - 120 km/h の加速に要する時間 33 = 22 + αt、11 = 1.6 t、t = 6.9 秒実際のK75Sのスペック数値にかなり近い数字です。いろんな仮定の上での近似計算のつもりでしたが、この結果からすると、その仮定も的を射ていたと言えそうです。
3速で 80 - 120 km/h の加速に要する時間 33 = 22 + αt、11 = 3.1 t、t = 3.5 秒