"Flying !"(98.10.10)


船首のレールに足をかけて伸び立ち、背に寄り添うジャックに支えられながら両手を翼のように広げる。閉じていた目を開いたローズの眼下に、ただ大海原がどこまでも広がっている。「Flying !」と叫ぶローズの頬をなでているのは、自由の香る海の風。鳥のように空を飛ぶこと、翼を持ちたいという願望は、いつも自由への憧れの象徴として私たちだれもがもっている心の ダイヤモンド。ジェームズ・キャメロンの映画「タイタニック」のもっとも感動的なシーンのひとつだ。

このシーンは、なつかしい記憶を呼び覚ます。まったく思いもよらなかったきっかけで、私はバイクを始めた。いや、きっかけなどではない。たまたまある日、原付きでもあったら便利かな、とバイクカタログ雑誌を立ち読みしていたとき、オートバイ、つまり自動二輪の写真が目に留まった。それまでバイクのことなど何一つ知らず、もちろんバイク乗りの友人など誰もいない。

その写真が、戦闘機のような凝縮されたメカニズムと、馬のような生きた躍動感、そして自分にも跨がれるんだという現実味を与えてくれた。そのまま、だれに相談するでもなく、また雑誌を読みあさってよけいな予備知識を仕込むでもなく、調布自動車学校の門をたたいた。30代半ばのことだ。

通勤にも使えた私は幸運なほうだろう。ひんしゅくもかっただろうが、エールを送ってくれた社員もいた。会社の前の歩道にいつも停めていたCBXを、「通る若い人たちがよく見入って話をしていましたよ」と、ビルの守衛のおじさんが教えてくれたりもした。もともと通勤電車の混雑が嫌いで、渋滞が多少あっていわゆるドブ板走行もしたが、電車で疲労して会社にたどりついていたころより、はるかに快適に仕事ができたものだ。会社を出るのが深夜遅くになっても、ひとたびCBXに跨がると、別の世界にトリップするようで、元気になった。でも、いったいバイクのどこに惹かれて私は乗り続けているのだろう。それが自分でも分からなかった。

甲州街道の街路樹の木々の葉は季節の変わりようを伝えてくれる。ある日のこと、遅くなって車も少なくなった帰路、落葉を舞い上がらせながら走っているとき、急に妙な高揚感を覚えた。地面から離れて浮いているようで、ただ目の前の風景だけ左右に、そして頭上にも眼下にも、流れていく。そうして秋の風がやさしく包んでくれる。そう、あたかも空を飛んでいるような気持ちになったのだ。その時はじめて気がついた。「ああ、そうか、オレは空を飛びたかったんだ」と。





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