Media Front (99.7.23)


まったく偶然のきっかけでバイクを始め、まったく個人的にバイクを楽しんでいたつもりだった。振り返ると、事実が玉虫色に見えてくる時の流れを感じる。バイクに目覚めたのも、当時のバイクブームの中で、自分で気づかないものの、すでにバイクの重力場に捕えられていたのかも知れない。バイク乗りの友人こそいなかったが、その代わり、バイク雑誌や出版物には世話になった。次々と登場する新しいモデルに興奮するとともに、一緒にその時代の気分を共有している気がしたものだ。知らないうちに、時代の波が新参ライダーを一気にその波頭へと、押し出してくれていた。

Media Front という雑誌を覚えているとしたら、多分インターネット歴が3年以上の人だろう。1994 - 95年は日本のインターネットにとって黎明期である。アメリカの「情報スーパーハイウエイ」構想とともにインターネットが話題になり始めた頃だ。だが、ほとんどの人には、インターネットはまだまだ未知で、関心外の世界だった。インターネットとは何か知ろうにも、手ごろな書籍がなかった。本屋に並ぶガイドブックはまだまだUNIXベースのものだった。それも翻訳だ。そもそも、インターネットを利用したいにも、個人で負担できる料金ではなかったし、パソコン用にユーザーインターフェースにすぐれたソフトもまだなかった。

家電で日本に敗れたアメリカが、これからは情報とネットワークを制した国が世界を制する、とばかりに情報インフラの整備をすすめる一方、日本は硬直社会の弊害をまともに露呈して、身動きがとれないでいた。当時インターネットについて少しでも調べた人なら、みなそのように感じたことと思う。

そんな日本のインターネット後進性を憂えて、一出版社がMedia Frontという雑誌を95年4月に発刊した。それはインターネットのガイド雑誌ではなく、インターネットが変革をもたらすであろうメディア全体をその視野に収めようという意欲的なものであった。やがてインターネットとメディア論を標榜するだけでは意味がないとして、個人で誰もが利用できる月1000円の固定料金をもって自らISPを始めた。私はその趣旨に賛同してすぐさま会員申込をしたひとりだ。95年7月は、だから私のインターネット記念日にあたる。

それまで、ただ情報インフラとばかり考えられていたインターネットを、もっと広いメディアという観点から考えるようになったのは、このMedia Front とその論客によるところが大きい。とくに、浜野保樹氏のメディア論は、私にとって文字通り「メディア最前線」だった。アラン・ケイがマクルーハンを夢中になって読んだ、とのくだりを目にしなかったら、「グーテンベルグの銀河系」さえきっと読むことはなかったろう。

このMedia Front とそのインターネット接続サービスのおかげで、私はゼロから一気にインターネットの世界に導かれた。Mosaic に替わって、Netscape Navigator が出てきたばかりの頃で、ダウンロードしたバージョンはたしか 1.2 くらいではなかったかと思う。地球の反対側のサーバーに、一瞬にしてアクセスできたときの驚きと感激は、いまも鮮明だ。モデムからISDN に替えたのもすぐだった。

この月刊誌は、しかし1996年の2月、その第9号をもって休刊、事実上の廃刊になった。創刊の辞で、インターネットは、「従来のマスメディアに代わるデジタルでインタラクティブ、かつパーソナルな新しいメディアとして、これまでの社会経済体制を根本的に変えようとしています」と謳い上げた理念を、休刊の辞では、メディア最前線はエキサイティングであるが、「しかしながら、インターネットだけを追いかけていたのでは、今起こっている激しい変化の全体像は見えてきません」。このメディア最前線を展望するとき、「単にインターネットに接続しネットサーフィンするだけ、あるいはホームページを持つだけでは駄目だということがはっきりしてきています」と総括している。確かに、この延長線上に今がある。

それからさらに3年、手ごろな利用料金のプロバイダーも増えて、回線は太くなり、電子メールも珍しいものではなくなった。書店では、選択に迷うほどインターネット関連の書籍と雑誌が並ぶ。そうして、メディアの最前線は、広がり続けている。私にはLinux に象徴されるオープンソースの波がやがて津波のように世界を変えるだろう、との見通しがそのひとつだった。一方、はずれた見通しは、バイクのホームページを開設してしまったこと。これはご愛嬌。バイク雑誌を捨てていたことが悔やまれる。記憶はどうも怪しい。

Media Frontとともに一気に駆け抜けた私のインターネット元年。新しい時代の波の、その前線からかいま見た未来の記憶のために、この全ナンバーは手元に残った。やがて玉虫色に輝く時まで。





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