コーヒーブレーク「台風の残した温かい贈り物」(99.9.26)


台風は爪痕だけを残していくわけではない。9月15日、私は山の相棒と二人で車で白山に向かった。登山口は石川
県側なので、初日は高山、白川郷に遊んで、白山スーパー林道のはずれにある中宮温泉に投宿、翌日登頂の予定だっ
た。あいにく台風が近づいていたが、もしもうまいこと抜けてくれれば、台風一過の快晴も期待できようというも
のだ。だが、台風16号は、私たちの向かう岐阜に大雨をもたらそうとしていた。
雨が降っているので、高山の市内見物は
あきらめて、早めに白川郷に入ろうとし
てR41から北回りで入るルートをとっ
た。ところが、

(1) 天生峠にさしかかった時、峠は通行
止め。来た道を引き返さず、林道を近道
してR156を南から白川郷に入ろうと
した。

(2) しかし、雨が激しくなる中,R156
もすでに道路封鎖。これで白川郷には入
れない。

(3) それならR158を南回りで迂回し
て中宮温泉まで行こうとしたら、白鳥町
の途中でがけ崩れのため通行止めになっ
たばかり。それのみか、現場近くは川の
増水で家屋が流されそうになっている。
南回りの進路が断たれたので、富山から
金沢を経由して回り込む北ルートをとる
ことにして、R158を高山に向かった。

(4) R41は岐阜と富山を結ぶ幹線だか
ら、ここは大丈夫と思い気や、再び土砂
崩れで通行止め。

(5) R360で迂回しようとしたが、こ
ちらも通行止め。

(6) R41の土砂崩れの現場を迂回する
峠道があるというので、そこを経由して
R41に合流、やっと切り抜けたと思っ
たら、神岡町で止められてしまった。
R41の岐阜と富山の県境の区域は雨量
規制のためにゲートが閉じられたという。
たった今通ってきた林道も通行止めにな
り、退路も断たれ、身動きがとれなくな
った。万事休す。

走りながら、ラジオのニュースを聴いていたが、私たちがUターンをした後で、そこが通行止めになったことが伝
えられていた。だが、道路のどこが寸断されているのか、全体像がラジオでは分からない。定時のニュースは何時
間も前に聴いたことを一字一句同じに繰り返すので、アップデートされた最新情報が入らない。

単に雨量規制だからすぐに解除されるだろうと期待した。富山に向かおうと並んでいた車は100台くらいいただ
ろうか。動けなくなったのは午後3時くらいだったが、4時にはすでに雨は止んでいた。制服を着た道路管理の職
員が1台1台説明して回って歩いている。なんでも、雨が止んでから、2時間経ってから道路のチェックにパトロ
ールが入って、問題が無ければ開通になるそうだ。だから、7時には封鎖解除の予定だという。いずれにせよ、も
う中宮温泉にはたどり着けない。せめて、富山あたりでビジネスホテルが見つかるか。でなければ、車で野宿か。

ぐるぐる走り回った末についに捕まった敗北感と疲れが襲ってきた。このままだったら、悲惨な初日になるところ
だった。だがそうはならなかった。

暗くなってきたころ、制服の職員が配膳用の大きなお盆をかかえて、1台1台回っている。「おなかが空くでしょ
う。一つずつしかありませんが、よかったらどうぞ。」見たら、おにぎりだった。ありがたい驚きだ。混ぜご飯を
使って、しかも海苔で巻かれている。にぎり立てらしく、まだ温かく美味しい。誰がどうやって手配したものやら、
思わぬ心遣いに胸が熱くなった。疲れが抜けていった。

何事も無ければただ素通りしただけの土地、足止めをくらっていやな記憶だけがのこったはずの神岡町で、心温ま
る贈り物を得たような気がした。

結局R41が開通したのは午後11時。延々8時間足止めをくったことになる。なんでも、岐阜県側は安全を確認
したのに、富山県側がOKを出さずにいて、ゲートを開けないでいたという。

中宮温泉には泊まれなかったが、富山市で宿泊できる銭湯を見つけ、ラジウム風呂に浸かって安眠できた。翌朝、
北陸自動車道で金沢へ、さらにR157で白山に向かう。途中、中宮温泉への道路が通行止めになっていたことを
知る。もし昨夜そこに泊まっていたら、今日は動けないでいたことになる。神岡町での足止めがかえって幸いした
ことになろうか。

白山の登山口までの林道は幸いがけ崩れもなく、着いたら車は私たちのシビック1台のみだった。台風一過の快晴
とはいかず、時々小雨のパラつく曇り空の中、山頂に近い室堂の山小屋に着いたら、宿泊者は私たち2人の他には
大阪から来たという50代の夫婦の4人だけ。他に客がいないので、4人で気楽に話を始めたら、山のこと、ヨー
ロッパアルプスのこと、それに日本との比較から、歴史、政治へと話がはずんで、初対面ながら消灯時間を回って
もヘッドランプを照らして話続けていた。

台風は、大きな被害をもたらしたと同時に、また一面では思わぬところで人と人との接点も残していった。




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