私のCBXストーリー (2)「トータルバランス」 (99.11.23)


オートバイというのは和製英語のようだが、なぜモーターサイクルを「単車」というのか、わからないままでいる。バイクとは英語で自転車のことなので、最近はニュースでもモーターバイクということが多くなってきた。だがバイクと呼んだほうがいまだ親しみがある。

名前はどうあれ、二輪と車は違うものと思っていたが、税金が軽自動車税という名目で課せられるからというわけではないが、二輪も自動車そのものだと言える。エンジン、ブレーキ、クラッチ、シフトギア、ウインカー、ライト、ハンドルと、車の基本機構があの小さな車体に収まっているのは驚くべきことだ。そのコンパクトさから、車がデスクトップコンピューターならモーターサイクルはノートパソコン、という喩えも分かりやすい。

とりわけ、バイクはライダーと一体になり、その手足の延長のような役割を期待されるので、個々のコンポーネントが集まった機械としてではなくて、全体がひとつの有機体としてライダーに訴えてくるものがある。ただエンジン性能だけが良くても、フレームとブレーキがそれについて来ないと意味がない。いくらデザインがよくても、故障の多いモデルは命にかかわる。

さて中型免許をとった私だが、教習所のXJ400は自分には重すぎるな、と思ってまず購入したのはVT250Fだった。クォーターでも十分な性能だったこともある。だが、それにも慣れるとやがてステップアップしたくなってきた。長い機種選びの末、結局選んだのは、馬力戦争に置き去りになっていたCBX400F。一度生産中止になった後で、再発売されたモデルなので、CBX400F-II と通称されていた。私は結局、空冷エンジンのフィンに造形美を感じて、洗車の楽なノンカウルモデルをえらんだ。

CBXのデザインはクロスしたエキパイがおシャレだった以外は、どちらかというとオーソドックス。発売当初は、ツインカム四気筒ということでブームを巻き起こした人気バイクだったことはあるが、そのときはもはや旧車。だが、乗りやすさから見たトータルバランスにすぐれている、との定評があった。私がえらんだのは、長くつきあえるようにと、このトータルバランスを採ったのだ。いまどきのバイクカタログでは、このトータルバランスという評価基準をほとんど見なくなった。今やたいていのバイクがトータルバランスを実現しているせいだろうか。

80年代のバイクはおおまかには馬力戦争、レーサー指向で、それはバイクそのものの進化もあろうが、むしろ日本の経済優先の時代の反映でもあった。だが、進化は一つの方向にいつまでも続くことはない。やがて性能が頭打ちになったとき、バイクの次に向かう方向はどこなのか。それよりも、バイクの楽しみ方はどう変わっていくのだろうか。いつまでもレーサー少年をターゲットにしてはいられまい。

バイクのコンポーネントと機能がトータルにバランスしたCBXだったが、これからは、環境、安全、騒音、燃費、価格そしてデザインと、部品ではなく、コンセプトが、バランスしたモデルも登場するだろう。ちょうど、一私企業のOSに支配され、CPUの「馬力戦争」が牽引した、どう見てもマニア向けパソコンの時代が終焉して、替わってコンセプトとデザイン先行でだれもが扱えるインフォメーション・アプライアンスの時代がいま始まりつつあるように。





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