CREEP
17
ああ…、あいつと顔合わせたくない……。
美術室を飛び出した悦司は、1年A組の教室で自分の席に伏せていた。
いつまでもこんな所に居られる訳でもなく、顔を合わせたくない“あいつ”とは寮も同室なのだから、こんな逃避に意味が無い事はわかっているのだが…。
今はまだ、抱きしめられた感覚も生々しい。飛鳥がアホな事を言い出さなければ、あの場で盛大に赤面してしまっていたかも知れない…。
「飛鳥のこと、好きな訳じゃないよな…?」
あ〜〜っもう!うるさいうるさい!!
「悦司……」
カラリと扉が開く音と共に聞こえた声に、ビクリと悦司の心臓が跳ねる。
「こんな所に居た…」
悦司を刺激しないようにゆっくりと歩いてきた飛鳥(とびと)は、悦司の机の前から向かい合う形で床に膝をついた。
先程悦司は、直前に何度も連発していたせいで、つい飛鳥を下の名前で呼んでしまった。
飛鳥がそれに気がついていないか、気付いていたとしても、その事には触れずにいてくれると有難いのだが…。
「なぁ悦司…、さっきさ…『飛鳥』って呼んだよな?」
…こいつにそんな気遣いを求めた俺がバカだった…。
「…それは……、咄嗟だったし…、みんなそう呼んでるから…つい…」
やっと両腕の上から顔を上げた悦司が、恨めしげに言い訳すると、妙に優しい瞳の飛鳥が見つめていた。
「『つい』で呼んじゃうなら、なんで今まで呼んでくれなかったの?」
「………」
「それって…ひょっとして、下の名前で呼べないくらい、俺のこと意識しちゃってたって事じゃない?」
「!!そんな訳ないだろっ!バカじゃないの!?ハゲッ!」
…うわ、すごいムキになってる。
(可愛い〜〜〜)
もう一度「ハゲっ」と言って顔を伏せた悦司を、飛鳥は締まりのない顔で見つめた。
「俺は、悦司のこと好きだよ?」
うるさい。
「お〜い」と言って悦司の頭をつついてくる、飛鳥の指の感触さえも心地いいと感じてしまう自分が腹立たしい。
(俺今、絶対赤い顔してる…)
触るなと振り払いたいが、恥ずかしくて顔が上げられないのだ。
「好きだよ。好き好き、だ〜い好きだ」
…ほんと、黙れ。
「……なんて、ホントは分かってんだよ、俺だって……」
ふいに、声のトーンを落とした飛鳥が、悦司の頭を撫ぜながら話しだした。
「悦司が俺のこと意識しだしたのは、俺が『トビー』だからだ…って事くらい、俺も分かってるんだよ。だから、悦司が今の俺を好きになってくれるように頑張るからさ。それまで待てるから。だからさ、…すねてないで、部屋帰ろ?」
「………うん……」
こんな綺麗な男にここまで言われて、どうやって拒否できる?
俺がお前を意識してるのは、『トビー』だからだって?お前、自分に自信なさ過ぎだろ。
自分の学校だけでなく、近隣の学校の女子生徒達からも大人気で、芸能人みたいにファンクラブまであって…。それなのに、この自信のなさは、やはり小さい頃にイジメられた経験のせいなのだろうか…。
いつも明るく自信満々かと思えば、ふと顔を出すイジメられっ子の面影……。そのアンバランスさに、悦司の心はもう既に捕えられていた。