Fallin'


「へ?今度の中間で英語100点?」

「うん。舞が100点とれたら、願いを一つ聞き入れるって」
 ここは華宮高校学生寮、弘人の部屋だ。基本的に一年生は4人部屋なのであと3人のルームメイトがいるのだが、今はそれぞれ部屋を留守にしているため、室内には雨宿りついでに遊びに来た舞と、弘人の二人きりだった。

「マジでそんなので良いのか?ちーちゃん英語教師だし、俺英語は一番得意なんだぜ?」
 さすがに100点となると、かなり頑張らなければならないだろうが、それでも英語なら自信があった。英語教師をしている千歳の気を引くため、今まで散々勉強を見てもらってきたのだ。現役英語教師が家庭教師である舞に、英語が出来ない訳がない。

 有利な条件を素直に喜んでいる舞を尻目に、弘人の心中は複雑だった。この条件がどれほど舞に有利な物であるか、后(きさき)にわかっていない訳はない。
 それが千歳への執着の無さをストレートに表している様で、何だか気分が悪かった。

「弘人…、ありがとな」
「え?」
「俺なんて、ただ悪態つくだけで何にも出来なかったのに…、弘人はこんな有利な条件引っぱって来るんだから。やっぱ弘人ってスゲーな……」
 そう言って無邪気な笑顔を向けてくる舞に、弘人は顔が熱くなるのを感じた。
「なんか、昔から変わんないな。こういうトコって」
 舞は今でこそ、それなりに男っぽい体格と顔つきになってきたが、子供の頃は華奢で、知らない人にはよく女の子にも間違われていたため、それが原因で周りの子供達にからかわれる事も多かった。そしてそんな時はいつも、弘人の存在に助けられていたのだ。

「おっ、なんだ?思い出し笑いか?このスケベめっ」
 昔の事を思い出して苦笑をもらした弘人に、舞がすかさずツッコミを入れる。

(そう。俺はスケベなんだよ)

「ねえ、舞……。久しぶりにチューしようか?」

 ・

 ・

 ・

「はあ!?何言ってんだっっ!」

「昔はよくやったじゃないか」

 確かに…。舞は幼稚園の頃、弘人と頻繁にキスをしていた。しかしそれは、舞がキスという行為自体をよく分かっていなかったからで、それが一般的に少々普通じゃないという事に気付いてからはしなくなっていた。……もちろん、最初に仕掛けたのは弘人の方で、こちらはキスの持つ意味合いをよく分かった上での事だったが…。

「今更照れなくてもいいだろ?ご褒美に…」
 ね?と笑顔で催促する弘人に、舞は躊躇いながらも
「いっ、一回だけだからなっ」
 と、赤い顔を寄せた。


 数年ぶりの口付けは、懐かしさと、少しの切なさを運んで胸が痛かった……。

  小説 TOP