心の棺
―― ナオ、聞いてっ!ナオは私の王子様なの!
―― 王子様?
―― ママが言ったの。「女の子はみんなお姫様で、どこかに必ず自分だけの王子様がいるのよ」って
―― それで何で、僕がクレアの…?
―― だって、お姫様は王子様のお嫁さんになるのよ?
だったら、私の王子様はナオに決まってるじゃないっ
―― ……フフッ、そうか。
じゃあクレア、将来僕のお嫁さんになってくれる?
―― もちろん!喜んで…
「ナオ…!、行っちゃイヤ……っ」
「クレア……」
アメリカ・ニューヨーク、ジョン・F・ケネディ国際空港第一ターミナル前で、クレアは尚也(なおや)の体にしがみ付き、泣きじゃくっていた。
クレアの父が「もう、出発時間が近いから」となだめるが逆効果で、ますます離すまいとするように、指先に力が入る。
小柄なクレアの、ハチミツ色の髪が鼻先で揺れるのを、尚也は切ない気持ちで見つめていた。
3歳の頃から、家族と共にニューヨーク州マンハッタン区の高級住宅地であるアッパーイーストサイドで暮らしていた尚也だったが、今回父・龍之介(りゅうのすけ)の日本本社社長への栄転にともない、日本に戻る事になっていた。
「クレア……、大丈夫だよ。王子様とお姫様は、どんなに離れてもまた一緒になれるんだ」
「グスッ…、本当……?」
「本当だよ。おとぎばなしだって、みんなそうだろう?」
「うん……」
「約束する。クレアをお嫁さんにするために、必ず迎えに来るよ」
「約束……」
別れの間際、幼い二人は別離の悲しみの中、初めてのキスを交わした。
「もう、いいのか?」
ゲートを抜け、家族のもとに合流した尚也に、10歳違いの兄・和也(かずや)が声をかけた。
「うん……」
下を向いたまま、顔を上げようとしないの尚也の頭に、和也は労るように手を置き、尚也のまだ細い髪を梳くように優しく撫ぜた。
「偉いな。クレアの前では、我慢してたんだな」
俯いたまま、尚也は声を殺して泣いていた。
そして后(きさき)尚也は、3歳から6歳までの3年間を過ごしたアメリカ・ニューヨークを離れた。
クレアという、大切な存在を見つけた、貴重な3年間だった。