心の棺


「うちのクラスの子が、また一人会長に振られたんだって」
「ホントですか?相変わらずモテますねぇ、后(きさき)先輩」

 某・中学校生徒会室の片すみ、自分に割り当てられた席で、一年生の二階堂千歳(にかいどう ちとせ)は三年生と二年生の先輩女子の話を、聞くとは無しに聞いていた。
 今現在、室内には数人の生徒会役員がいるが、会長である后尚也は、兼任している空手部主将としての仕事のため、不在だった。

「后君には“クレアちゃん”がいるのにねぇ」
 后尚也に、アメリカにクレアという名の一つ年下の恋人がいる事は、最早周知の事実だったが、それでも尚也に思いを告げる少女達は後を絶たない。“恋人が居るのは外国”という事実が、何となく現実味を失わせ“恋人が居る”という事をも薄れて感じさせてしまうのかも知れない。
「でも先輩、見た目に反して一途ですよねぇ。普通だったら、どうせ相手には分かんないんだから、ちょっとこっちでつまみ喰いしちゃえって感じになりそうじゃないですか」

(っ………;)

 ツッコミ所満載の二年生女子の言葉に、千歳はふき出しそうになる。
「つまみ喰いって……;まあ、そういう所もモテる秘訣じゃない?『そんなに愛されてるなんて羨ましい!私もそんな風に思われたいっ!』ってなるのよ」
「なるほど〜」

 千歳は、周りに悟られないよう、小さく溜め息をもらした。
 その気持ちはよく分かる。……自分もまた、尚也に思いを寄せる一人なのだ。
 尚也にはクレアという絶対の存在があり、更に同性でもある千歳には、到底望みは無いものとあきらめているが…。

「でも、無理だと思うけどね。后君、毎朝彼女と電話してるらしいし。ホントにああ見えて一途みたいだからさ」
「へ〜、でも何で朝なんですか?モーニングコール?」
「さあ?多分、時差とかの関係じゃない?」
「あ、そっか…、そうですよね。アメリカなんですもんね」
 ニューヨークの時差はGMT(世界標準時)−5、GMT+9の日本とは14時間もの時差がある。その為、まともに電話が出来るのはクレアが学校から帰宅して尚也が登校するまでのわずかな時間に限られてしまうのだ。
「なんかホント、つくづく住む世界が違う…って感じがしますよね。私なんて電話するのに時差なんて、今まで一度も考えた事ないですよっ」
 私だってないよ〜などと笑いあう二人の声を聞きながら、千歳の心は暗く沈んでいった。

 “住む世界が違う”……そうなんだろう。何をやらせても人並み以上に努力し、素晴らしい結果を残す。かといってそれを自慢したり驕ったりする事も無い尚也は、千歳にはとても輝いて見えた。
 同じ男である尚也に、こんな邪な気持ちを抱いている自分などとは、全く違う世界の住人の様で……。

 尚也の住む世界が光に満ちた明るい世界なのだとしたら、自分の住む世界はきっと暗く悲しい世界なのかも知れない…。







Prrrr!Prrrr!

 毎朝ほぼ決まった時間に鳴り出す自室の電話に、すでに登校支度を整えた尚也は、愛しげに微笑みかけ受話器をとった。

おはよう、ナオっ
おかえり、クレア…

 起床して間もない尚也にクレアが「おはよう」を言い、帰宅したクレアに尚也が「おかえり」を言う…。二人のいつもの挨拶だった。
 それからクレアはその日起こった事を報告し、尚也は昨日の出来事を話す。それがJ・F・K空港での別れより数年続いている日課だ。

ナオ…、早くナオに会いたい……
もう少しだよ。夏休みに入ったら、すぐそっちに行く…
 尚也は、春休みを利用してニューヨークまで会いに行った際のクレアの写真を見つめながら、切ない声で「会いたい」と言うクレアを宥めるが、自身も胸の痛みを禁じえなかった。

クレア…愛してる……

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