心の棺
6
「ナオっ……」
崩れるように座り込んだ尚也を、クレアの母・カミーラが抱きしめた。
「仕方がないのよ、この子は可愛過ぎたの…。あんまり可愛くて、神様がそばに置きたくなってしまったのよ。この子は神様に愛され過ぎたんだわ……」
「やめてくれっ!!」
カミーラの言葉を、尚也は激しい声でさえぎった。
「そんな……そんなのは…、信じないっ…」
神に愛され過ぎたから性的暴行の末、殺されたとは、余りにも滑稽なおとぎばなしだ。
ましてクレアは、尚也とはまだ性的な関係を結んではいなかった。…こんな悲しい最期があるだろうか。
「神父様も、きっと悪魔に乗り移られてしまったのよ。この子があんまり可愛いものだから、悪魔まで魅了してしまったんだわ……」
尚也に聞かせると言うよりは、独り言のように話し続けるカミーラの声を、耳をふさいで拒絶した。
「だって、とても良い方だったのよ…。この子にも、いつも優しくしてくれて…、この子もとても信頼していた……」
キ モ チ
ワ ル イ
クレアの家は、熱心なカトリックだった。クレアも両親と共に毎週日曜日には教会に通っていたのを、尚也も知っている。
しかし、クレアが無残な死を遂げた数時間後、一家の通う教会の神父が、自宅で首を吊って自殺している姿で見つかった。事件現場近くで神父の姿が目撃されており、警察が事情を聞くために家を訪ねて発見したのだ。DNA鑑定の結果はまだだが、犯人にほぼ間違いないだろう…。
キ モ チ
ワ ル イ
キ モ チ
ワ ル イ
「尚也っ」
グラリと傾いた尚也の肩を、日本から付き添って来た兄・和也が両手で支えた。
「尚也…大丈夫だ。しっかりしろ、尚也……」
自分よりもまだいくぶん小柄な尚也を抱きしめ、励ますように何度も名前を呼ぶ和也の腕に、尚也は素直に頭を預けた。背中を撫ぜる兄の手は温かく、まるで冷たい水の中をさまよう様だった先程までの辛く苦しい感覚からは、徐々に開放されていった。
クレアの母が、娘の身に起こった不幸を受け入れたくない気持ちは分かる。犯人と思われるのが、信頼していた人物であるという事も信じたくないのだろう…。
しかし、身近な人間達がクレアの苦しみを受け入れないままでは、彼女の魂はいつまでも救われないような気がした。
俺は
逃げたりしない
クレアの受けた
苦しみから
目をそらしたり
しない
だから君は
静かに眠って
いればいい
後の苦しみは
俺が引き受ける
から……
尚也の頭の中を、一つの旋律が流れだす。クレアの好きだった『Agnus Dei(アニュス デイ)』…。宗教音楽に興味のなかった尚也も、彼女の影響で好きになった曲だ。
歌詞は全てラテン語で、「Agnus Dei」とは「神の子羊」という意味で、キリストを表している。ヨハネがイエスに洗礼を施す時に言った言葉なのだと、彼女が話していた…。
Agnus Dei
神の子羊
qui tollis
peccata mundi
世の罪を除く主よ
miserere nobis
我等を憐れみ
たまえ
美しい旋律と共に流れる歌詞。神を信じ、神に救いを求める……。
神なんて者が
存在しない事は
よく分かった
じゃあ俺は
一体何に救いを求めたらいいんだろう………。
誰か…
助けてくれ……
クレア…―――