心の棺


フゥ……

 和也は、弟・尚也が通う中学校の校門前で、自ら運転してきた車のシートに背中を預けて、溜め息をついた。
 クレアの葬儀を終え、日本に帰ってからの尚也は驚くほど普通だった。帰国した翌日からいつも通り学校にも行き、家でも取り乱す事無くそれまでと同じように生活している。
 しかし和也には、それが余計に心配だった。

 それは和也も同じ事だが、一流企業会長の孫という立場上、厳しく育てられた上に、父は社長・母はその秘書として両親とも忙しく、家に居る事が少なかった為に、尚也は周りの人間に弱音を吐く事が出来ず、何でも自分の力で解決しようとしてしまう傾向がある。尚也とは10歳離れている和也の方は、この歳になるまでに数々の大小様々な壁にぶつかる事で「自分一人では乗りきれない事がある」という事を学んでいったが、尚也はまだ成長途中のその心に、余りにも大きな深手を負ってしまった……。

 それは誰の目から見ても、決して自分一人で癒せるものではない。

 今の尚也の状態は、感情を抑圧しているに過ぎない。言わば、悲しみを無理に押し込めている状態だが、いつまでもずっと抑え続けていられる訳ではない。クレアとは、アメリカと日本で離れて暮らしていたとはいえ、日常の中で必ずクレアの居ない悲しみを実感する事があるだろう…。その時に、まるで押さえつけられた風船が勢いよく割れる様に、尚也の心が壊れてしまわないか、和也は心配だった。
 その不安を少しでも紛らせようと、クレアの葬儀以来、毎日会社を早退して尚也の送り迎えをしているのだが…。正直な所、今の尚也を癒す術を和也は未だ見つけられずに居た。


コンコン

 助手席側の窓をノックする音に顔を向けると、大人びた微笑を浮かべた尚也が立っていた。和也がロックを外すと尚也は「ただいま」と言って乗り込んでくる。

 こんな笑い方をする子だっただろうか…。

 この数日で痩せた頬…。食欲が落ちてはいたものの、いつも通りに食事は摂っていたはずだが……。この分では、食べた物もトイレなどで戻している可能性がある。


俺は一体
お前に何をして
やれるん
だろうな……







(あ………)

 后(きさき)先輩……。

 帰宅しようと、生徒用玄関を出た千歳は、一台の車に乗り込む尚也の姿を見つけて立ち止まった。
 后コンツェルン会長の孫とはいえ、今まで尚也に送迎車は付いていなかったはずだ。それが今、迎えの車が来ているという事は…。
(やっぱり…、無理してるんだろうな)

 数日前、取り乱した泣き顔を見てしまって以来2日ぶりに見た尚也は、生徒会室で仕事をしている姿だった。その余りにも普通な態度に、「先日はみっともない所を見せて、済まなかった」と耳打ちされるまで、あの日の出来事は夢だったのではないかと疑った程だ。

 こっそり生徒会での様子をききに来た尚也の親友・恵瑠(めぐる)も、自分の前でも普通に振舞うのだと寂しそうに言っていた。

 平気な顔で無理をする尚也……。



(先輩………)

 尚也を乗せて遠ざかる車を見つめながら、目の前が涙で霞んでいくのを止められなかった。

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