心の棺


どうすれば
良かったのか

どうするべき
だったのか



いくら考えた所で
きっと答えなんて
出ない





それでも

考えずには
いられない―――







 習慣とは、そう簡単に変えられるものではないらしく
 もう、早く起きる必要もないのに

 いつもの時間に目覚めてしまう……。


 尚也は溜め息をつくと、上体を起こしベッドに腰掛けた。時刻はAM4:30。夜中に何度も目が覚めてしまう為、全く眠った気がしなかった。

 時計を見ると、その横に置いてある電話が見たくもないのに視界に入る。自分とクレアの距離を、長年結んでいた物…。こんな物が未だにここに存在している事に、何の意味があるのか……。

「クソッ……!!」
 尚也は電話を手に取ると、思いきり床に叩きつけた。派手な音と共に壊れるその姿に、クレアの姿が重なる。
「何で……っ、クレアっ…!」
 尚也は、床に散らばる壊れた電話を抱きしめてむせび泣いた。

 いつか必ず結婚し、アメリカと日本それぞれの国で式を挙げようと約束していた…。
 尚也には誘惑も多かったが、自分には彼女しかいないと、クレア以外の女性に心惹かれた事など一度もなかった。

 こんなにも思っているのに、彼女はもういない…。

 しかも、14歳の少女にとっては最大の拷問のような行為を強いられての最期…―――


一番守りたい人
だったのに

一番助けて
ほしかったで
あろう時に

何もして
あげられなかった



ドクンッ

 突然、尚也の体に異常が起こった。一瞬心臓が止まったような違和感…。誰かに心臓を掴まれているかのような、気味の悪い感覚がする。

ドクンッ ドクンッ

(気持ち悪い……)

 次第に呼吸も苦しくなり、両手で胸を押さえて、荒い息を繰り返す。

(苦しい…!誰かっ……!!)







「!!」
 和也は異常な物音に目を覚ました。何か硬質な物が割れるような音…。
 枕元の明かりを点け、時計を確認すると午前四時半を少し回った所だ。いつもの尚也なら起きている時間帯なだけに、胸騒ぎを感じた和也は、万が一の為に父から預かっていた尚也の部屋の合鍵を持って部屋を出た。







「尚也?何かあったのか?」
 部屋の前までやって来た和也がノックをして問いかけるが、中から返事はなかった。普段の尚也であれば、たとえ眠っていたとしてもノックの音で目覚めない筈はないのだが…。
「開けるぞっ」
 異常を感じた和也は、持って来た合鍵で尚也の部屋のドアを開けた。

「尚也っ!!」
 部屋の中には壊れた電話。そして、部屋の中央で苦しそうに息を乱す尚也の姿があった。
(過呼吸かっ……)
「尚也、大丈夫だ。これは過呼吸だ。ゆっくり深呼吸してみろ。…大丈夫だから」

 過呼吸……。
 その言葉に落ち着きを取り戻した尚也は、腹式呼吸を意識して、ゆっくりと息を吐き出した。

 過呼吸とは、自律神経の異常等による息苦しさから呼吸が乱れ、体内の酸素濃度が上がり過ぎてしまい、より呼吸困難に陥る現象だ。ゆっくりと呼吸をするか、ビニール袋のような物を使う事で回復できるが、この状態が長く続けば命を落とす危険もある。

 次第に呼吸の落ち着いてきた尚也を抱きしめ、和也は、やはりこのままではいけないという考えを強くした。
「尚也…、華宮(かみや)のじいちゃんの所に行こう…。あそこなら、ここより田舎だし、ゆっくりできる。
学校は…しばらく休もう。……尚也、…逃げてもいいんだ。隠れてもいい。………な?」

 言い聞かせるように静かに話す和也の言葉に、尚也は目を閉じてゆっくりと頷いた。

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