Virus棘の森


ついに来たか


 黙って見過ごされる訳はない…とは分かっていたが、どうやらこの数週間は様子を見られていたらしい。
 椎名は勧められた椅子に、目の前の后(きさき)から視線をはずす事なく腰掛けた。
 椎名の、日本人離れした形の良い大きな瞳は、時に対峙する者に強烈な威圧感を与える。
 また、椎名自身も少なからず好戦的な部分のあるタイプで、売られた喧嘩を片っ端から買っていたのは、つい数年前までの事だった。

 后は、そんな椎名の視線を受け、フッと余裕の笑みを浮かべた。
「何の話かは、もう分かっているようだね」
「…そうですね」
 他に何の話が有るって言うんだ…。
「私の忠告が分からなかった訳では、あるまいね」
「分かってましたが、聞ける忠告と聞けない忠告が有ります。生徒が学校の保健室に来て、何が悪いんですか」
「悪くなどないさ。保健室に来るな、とも私は言っていない。…ただ、妙な下心を持ってここに来られるのは、見逃せない」

「…でも……、あの人は貴方のものじゃない」

 椎名は、后を真直ぐに見据えて言った。証拠があるわけではないが、確信を持った瞳だった。

(中々、鋭い子だな…)

「私と汐瑠君は、恋愛や身体の関係以外の部分でお互いを必要としている。そういう意味では、彼は私のものだし、私もまた彼のものだ」
「じゃあ、俺にもまだ付け入る隙はあるはずだ」
「君では無理だ。……君は、若すぎる」
「……若い?そんなの関係ない。そんな理由で納得できると思いますか…?」
 椎名が吐き捨てるように言った言葉に、后は薄く笑みを浮かべた。
「若いと言われて癪に障ったかい?…そういう所が若いと言うんだ。まあ、分かるよ。そのくらいの時期は、誰でもそんな風に思うものだ。『年齢なんて関係ない。若くても、自分は色々な事を経験している――』君の反応は実に健全だよ。…だが、年月はただ過ぎ去るものではない。過ぎた日々には意味がある。……君と私の差は大きい」

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