Virus棘の森


コポコポコポ…

 理事長室から続くプライベートルーム。
仮眠用のベッドや小さな冷蔵庫、コンロなどが備え付けられたその部屋で、今は、部屋の主である理事長の后尚也(きさき なおや)ではなく、保健医・有栖汐瑠(ありす しおる)がお茶を淹れていた。
 口当たりの良い、ジャーマン種のカモミールティー。りんごのような甘い香りのハーブティーだ。
安眠やリラックス効果があり、ノンカフェイン…。カフェインを摂ることができない后の為にと、有栖が選んだお茶で、后はこの優しい風味をとても気に入っていた。
 また、カモミールの花は、その姿の可憐さに似合わず、踏みつけられるほどに良く育つと言われるほど、強い繁殖力をもつのだという有栖の話を聞き、「私も、その強さをお裾分けしてもらえるかな…」と静かに笑ったのだった。

 飲みやすい温度まで冷ます為に、フーッと息を吹きかけながらティースプーンでかき混ぜると、ふわりと甘く心地良い香りが舞う。

(熱々は胃に悪いからね)

 有栖は、保健室で待つ后を思い、カップの底を滑るスプーンの動きを速めた。







「おじゃましまーす」

(……「おじゃまします」?)

 后が、ノックの音と共に響いた声に(「失礼します」じゃないのか?)と思いつつ顔を上げると、一人の長身の生徒が、ドアを開けた体勢で固まっていた。

「邪魔するのなら、帰りたまえ」
「な……。あなたこそ、何して………」
 長身の生徒・椎名伊澄(しいな いすみ)は、大きな目を更に見開いて呟いた。
 目の前の后は、保健室の簡易ベッドで枕をクッション代わりに、上体を起こして座っている。そしてその膝には、明らかにギャグマンガと分かる本が置かれているのだ。

(『モヘーと吹くジョニー』…?……なんつー本、読んでんだ;)

「まあ、座りなさい。…少し話をしようか」

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