心の棺
13
「ハァ……」
二階堂千歳は家の自室で、小さくため息をついた。
尚也が学校に来なくなってから約二ヶ月。千歳の心は不安に揺れていた。
思い切って、尚也の親友である恵瑠(めぐる)に事情を聞きに行ってみたところ、しばらく祖父の所で過ごすので心配しないでほしいと連絡があったらしいが…。もしかしたら、このままどこか別の学校に転校してしまうのではないか……という不安を拭い去ることはできなかった。
こんな事になるくらいなら、事情を知っていることを強みにしてでも、もっと積極的に関わっていけば良かった…。
せめて、自分の気持ちだけでも…伝えておけば良かった。
后先輩………っ
千歳は机に顔を伏せ、切ないもどかしさに涙を流した。
「やあ、久しぶり、二階堂。…恵瑠から聞いたが、君にも心配をかけたようで、済まなかったね」
え………。
「二階堂?」
「あ、はっはい!いえ…、お久しぶりです」
翌日の放課後、いつものように生徒会室に顔を出した千歳を出迎えたのは、窓枠に腰掛けて微笑む尚也の姿だった。
「俺がいない間、どうだった?」
「……寂しかったです」
「え?」
目を丸くして驚く尚也に、千歳は自分の気持ちではなく、生徒会の仕事の事を聞かれたのだと悟り、頬を赤らめた。
「あ……///」
そんな千歳の様子に、尚也はクスリと微笑むと千歳の肩をポンと叩いた。
「済まなかったな…」
「いえ……」
千歳の目じりに涙がにじんだ。目の前に優しく微笑む尚也がいる…。不安な時間を過ごした分、尚也への思いが強まっている自分を感じていた。
「さて、それじゃあ仕事にかかるとするか」
尚也は二ヶ月ぶりに、生徒会長である自分の席へと着いた。
カタン…
千歳が、突然立ち上がった尚也に視線を向けると、左胸を押さえた尚也が虚ろな視線で一点を見つめていた。
「先輩っ…?」
「なんでもない、大丈夫だ…」
そう言うと、尚也は壁にもたれて床に座り、右手で左胸を撫ぜながらゆっくりと腹式呼吸を繰り返した。
「せ、先生を呼んできましょうか…?」
「いや、大丈夫。…ただのストレス発作なんだ」
正式には『パニック発作』というのだが、何も知識がない者にとっては意味がわからず、余計な心配を与えてしまう可能性を考えて、尚也はわざと分りやすく『ストレス発作』という言葉を使った。本来であればなるべく隠しておきたい所だが、千歳は少なからず尚也の身に起こった事情を知っている。本当の事を言ってしまった方が、余計な心配をかけなくて済むだろう。
「なにか…、僕に出来る事はありますか?」
「……背中を、さすってもらえると助かる。心臓の裏辺りだ」
胸から背中にかけて、心臓周辺の体内を虫が這いずり回っている様な不快感…。呼吸困難は、最初に過呼吸を起こして以来、腹式呼吸で乗り切っているが、激しい動悸と胸部不快感だけは自分の力ではどうにも出来なかった。この感覚に襲われると、意識が遠のきかける時もある。
(后先輩……)
千歳は泣きたくなる気持ちを抑えて、少しでも尚也の苦しみを取り除けるようにと、必死でその背中をさすった。
「ありがとう、…落ち着いたみたいだ」
しばらくすると、尚也がそっと振り返った。
「大丈夫ですか…?」
「ああ…。なんだか君には、カッコ悪い所ばかり見せてしまうな…」
そう言って自嘲気味に笑う尚也に、千歳は無言で首を振った。
「先輩……、知ってますか…?」
「ん?」
うつむいたまま、脈絡のない言葉で問いかけてきた千歳に、尚也は首をかしげて聞き返した。
「どうした?」
千歳は、尚也に問い返されても少しのあいだ黙っていたが、意を決したように伏せていた顔を上げ、言葉を続けた。
「ストレスを忘れるのに手っ取り早い手段は…、美味しい食事を食べる事と、―――好みの女性を抱く事だと、聞いた事があります……」
その言葉に、尚也は不快をあらわに眉根をよせた。
「そんな勝手な事情で女性の身体を汚せると思うか。…女性はそのように扱っていいものではない。
……二度と下らない事を言うな」
搾り出すような低い声…。本気で怒っている事がわかる。
このような反応が返ってくる事はわかっていた。…もう、後戻りはできない。
「では―――、男ならどうですか?」
「なに……?」
「女性がだめなら、男の身体を抱けばいいんです。僕は…、あなたにならどんな扱いを受けても構わない」
不安を解消すると
同時に
僕の身体を通して
男という性に
復讐する事も
できる…
「二階堂……」
尚也は、千歳の唇が小刻みに震えているのに気付いた。
あなたに二度と
会えなくなる
くらいなら
僕は
どんな事だって
すると
誓ったんです
さあ
僕の手を
とって下さい――
◆END◆
長かった…。思ったよりも長くなってしまった后の過去話、いかがだったでしょうか?
BLなのにこういう話ってどうなんでしょうね?; 大丈夫でしたか?
とはいえ、この話が書きたくてサイトを開いたと言っても過言じゃないくらい、ずっと書きたかった話なので、完結できて良かったです。なにしろ、去年の初夏に死ぬかもしれないという程の体調不良に襲われた時、一番の心残りが后のことでしたから…;「自分がこのまま死んだら、后の存在も自分と一緒に消えてしまうんだ…」と思ったら、悲しくてすごく嫌だったんです。で、体調が回復してきた頃、きちんと后の話を描きたいと思ったんですけど、ドシリアスな長編漫画を描くには体力的にも精神的にもキツくなってしまいまして。それでこの様に小説という形になりました。…漫画だったら、ここまで来るのに何年かかった事か……;
ちなみに、安土とのやり取りを見て頂ければお分かりかと思いますが、『Fallin'』作中で千歳は后の事を「もともとはノーマルだった」と言っておりますが、実はもともとそういう素質のある人です。千歳は真面目な子なので、自分のせいだと思い込んでおるようデス…;
はてさて、この先、后をどうやって幸せにしてあげましょうかね〜*
2006.9.19 途倉幹久