心の棺
12


「あっ、おじいちゃん、おじゃましてますっ」
「おお、誠。今日も来とったのか」

 惣一郎が学校から帰宅すると、安土と尚也が居間のソファに並んでテレビを見ていた。どうやら今日も、先日安土に買ってきてもらったビデオを見ているらしい。
 安土はあの日以来、三日とあけずに遊びに来ている。尚也を見る時の少女のような目……。
(こりゃ、完全に落ちたかの〜ぉ;)
 どうやら自分の孫の魅力を、少々あなどっていたらしい…。

 しかし、安土が来るようになってから、尚也の笑顔が増えたのも事実で…。惣一郎は、尚也の心が少しでも満たされるのであれば、それが同性愛という形であってもこの際、構わないと思っていた。

「今日は何を見とるんだ?」
 二人にに尋ねると、尚也がビデオのパッケージを片手に掲げながら答えた。
「『フランソワーズの犬』。題名だけは聞いたことあるけど、見たこと無いから…」
「『フランソワーズの犬』…か……」
 パッケージには、とても楽しそうな可愛らしい絵柄が描かれている。しかし、この話は幼児用としては首を傾げたくなる程の、とても救いようのない悲しい話だったはずだ。
 惣一郎は二人にさせておいてやろうと思っていた予定を変更して、尚也の隣に腰を下ろした。







「尚也君……、大丈夫だよ。…あの二人は、これから天国で幸せに暮らすんだ。今まで辛かった分、いっぱい幸せになれるんだ…。
だから……泣かなくても大丈夫だよ…」
 アニメが終わっても、尚也は顔を伏せて泣いていた。その痛々しい様子に、安土の目にも涙がにじむ。

「『冬来たりなば、春遠からじ』……。春も良いが、冬もまた悪いもんじゃない。…生きていれば、厳しい冬を体験することもあるだろう。しかし、冬の時代も必ず人生の糧になる。
冬が来れば春も来る…、それが自然のなりゆきだ」

 ゆっくりと言い聞かせるように言う惣一郎の言葉に、安土は、やはり尚也がただ“遊びに”来ている訳ではない事を悟った。まだ夏休みには早いこの時期に、遠くから遊びに来ているという尚也……。きっととても辛い事があり、その傷をここで癒しているのだろう。

(大丈夫だよ…、君ならきっとたくさんの味方がいる。…大丈夫)
 安土は思いが伝わることを祈って、尚也の筋肉質な背中を優しくさすった。







「…え……、明日…帰っちゃうの……?」

 安土は、二人で散歩に出た近所の川原で、呆然と尚也を見上げた。座っているとそうでもないが、立った姿勢ではどうしても頭ひとつ分高い尚也を、安土が見上げる形になってしまう。

「うん…。そろそろ、学校にも行かないと」
 もう、こっちに来て二ヶ月近くが経とうとしている。いくら尚也が優秀でも、今年受験生という立場で、これ以上休む訳にはいかないだろう。
 それに、体調の方も幾分落ち着いていて、薬を飲まなくても発作の間隔があくようになってきた。たとえ発作が出たとしても、安土が買ってきてくれた漫画を読んでいると、うまく気がそれて楽になれるという事を発見したのも、大きな自信につながっていた。

 尚也は、うつむいたまま何も言わない安土をじっと見つめた。その頭が小刻みに揺れているような気がして、言葉を発しかけた時、安土がゆっくりと顔を上げた。
 その瞳は涙に濡れていた。

「まこ…―――」
「一回だけ…、キスしていい……?」

「え…?」

 予想していなかった言葉に尚也が驚くと、安土が真っ赤な顔で両手を胸の前で振りながら言い直した。
「キ…っキスって、あの、もちろん頬っぺた…でいいんだけどっ……。なんてゆーか、思い出に……。あ、でも、嫌ならい―――」
「目、つぶって」
「え―――」

 尚也は、安土が目を閉じるのを待たずに、その唇にキスを落とした。

「ありがとう。君の存在にも、随分助けられた」
「尚也君っ……」

 尚也は泣きじゃくる安土を胸に抱きしめ、夕暮れの空を見上げた。


 長かったようで短かった二ヶ月…。自分も少しは成長できただろうか―――

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