心の棺
11
尚也達が惣一郎の家に来て、二週間。兄の和也はここで有給を使い果たし、すでに家に戻っていたが、尚也はまだ帰る気分になれず留まっていた。
「尚也、起きとるか?」
ノックと共に聞こえた惣一郎の声に、尚也はベッドから起き上がり返事を返した。
「うん。おはよう、おじいちゃん」
言いながら部屋のドアを開けると、笑顔の惣一郎が水の入ったコップを持ち、立っていた。
「一階にワシの学校の生徒が来とるんだ。一緒に来ないか?」
コップを差し出され、薬を飲めという事だと悟る。
初め尚也は、精神的な事などで自分の体がここまでおかしくなるというのが信じられず、医者の誤診を疑って試しながら薬を飲んでいたのだが…、結局薬はよく効いている≠ニいう事実を証明しただけだった。
できるだけ薬は飲みたくない…。この手の薬は依存性もあり、副作用も強い…。尚也は薬を飲み始めてから副作用で筋肉が落ち、二週間で2kgも体重が落ちていた。ここに来てからトレーニングもサボりがちとはいえ、ここまでの減少は薬の副作用としか考えられない。
しかし、客前に出るのであれば、やはり飲まない訳にはいかないだろう。
尚也は惣一郎からコップを受け取ると、部屋へと踵を返した。
「頭…、ボサボサだけど」
薬を飲んで部屋を出てきた尚也がつぶやくと、尚也の髪を手ぐしで整えながら惣一郎が笑った。
「構わんよ、充分いい男だ。さすがはワシの孫だな!」
楽しそうな惣一郎の様子に、尚也もつられて笑顔をこぼした。
「あ、初めまして。華宮高校一年の安土誠(あづち まこと)です」
「…初めまして。后(きさき)…尚也です」
惣一郎と共に一階の居間に入ると、一人の少年が大量の荷物を持って立っていた。高校一年と言うからには尚也よりもひとつ年上なのだが、この安土誠という少年は年齢よりもずいぶん幼く感じられた。
しかし、この大量の荷物は一体何なのか…。見たところ本や、ビデオテープのようだが……。
「尚也の気晴らしになれば良いと思ってな、色々面白そうなのを買ってきてもらったんだ」
「俺の………」
漫画、コメディ映画、…アニメ……ディ○ニー…?;
「ご…ごめんなさい、おじいちゃん……。お孫さんの為にって聞いて、僕…てっきり小学生くらいを想像してて…;こんなに大きい人じゃ趣味に合わないよね…、どうしよう…;;」
おじいちゃん…?;
「あっ、ごめんなさい!えっと…理事長先生、僕らの間では『おじいちゃん』とか『じいちゃんセンセ』って呼ばれてるんですっ」
いぶかしげに眉根を寄せた尚也に、安土は慌てて説明した。…わたわたと身振りを加えて話す姿は、とても年上には見えない……。
「良いんだ、良いんだ。こう見えても尚也はまだ中学生で、誠よりも年下だぞ。尚也も、たまにはこういう物も見てみなさい、きっと楽しいぞ」
「うん…。こういうのは見たこと無いな……」
尚也は、ひとつひとつ手に持って眺めた。漫画などは友人の家で背表紙だけ見た覚えのある物もあるが、実際に読んだ事がある物は一つもなかった。
「え、ほんとに?これなんか面白いよ。あと…これ!僕も小さい時に見てハマッたんだ〜」
「へぇ……。絵が可愛い…」
クスリと笑った尚也に、安土も「でしょ〜?」と瞳を輝かせて笑った。
(流石は尚也……。ムムゥ…)
まるで男女共通のフェロモンでも発しているような力で、早くも安土の心を掴みつつある我が孫の様子に、惣一郎は苦笑いを浮かべた。