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to be


「38度4分。薬飲んで寝とけよ」

 夏休みに入って一週間。慶介は熱を出した。
 昨夜から嫌なセキをしており、いつも以上にぼんやりしていたため、出流(いづる)は熱を測ってみろと言っていたのだが、大丈夫だと微笑むだけで。今朝になって本格的に顔色が悪くなっていたので、強制的に体温計を渡したのだ。
 きっと、昨夜から発熱していたに違いない。

「夏風邪って――」
「アホ。俺より成績良いくせに」
 夏風邪は馬鹿がひく…と続けようとしたら、出流に呆れ顔で遮られてしまった。

 しかし、馬鹿ではないがアホではあるらしい…。

「ちょっと出掛けてくるから、ちゃんと寝てろよ」
「ああ、わかった。いってらっしゃい」
 出流は、慶介に何か体に良い物を買ってきてやろうと思い、部屋を後にした。







 出流が買い物を終え部屋に戻ると、中から微かな話し声が漏れていた。
「ただいま…」
「あ、出流ちゃん、オジャマしてます」
「おかえり、西原」
         部屋に入ると、ベッドの中で上体を起こして座っている慶介と、側らには椎名の姿があった。
 部屋には2段ベッドが2つあり、慶介は入り口から向かって左側の下段を使用している。
 ちなみに、右側の下段が出流である。

 椎名は、慶介の寝ているベッドに椅子を寄せて座っており、その足元には、白い買い物袋に入ったのど飴やスポーツ飲料などが置かれていた。

「あれ?なんだ、わざわざ俺に頼まなくても、出流ちゃん、ちゃんと気を利かせてくれてるじゃん。それ、慶介にだろ?」
「うん…」
 出流の手元にある袋には、レトルトの五穀粥、フルーツゼリー、ヨーグルト数種に、ペットボトルのお茶と清涼飲料水が入っている。
「え?あ…。ありがとう、西原」
 慶介は、出流の気遣いが本当に嬉しかったらしく、出流の好きないつもの笑顔を向けたが、なぜだか今は素直に嬉しい気持ちが湧かなかった。

 出流は先程、ハッキリと買い物に行くとは言わずに部屋を出た。「出掛けてくる」と言ったのだから、なにか用事があって出て行ったと思い、椎名に買い物を頼んだのだろう。
 …わかってはいるが、釈然としない。

「別に…。椎名の方が、志村の好みは詳しいだろうし…」
 つい、ひがみっぽい言い方になってしまうのに心の中で舌打ちしながら、買ってきた物を冷蔵庫にしまう。
「そうでもないんじゃない?ほら、そのヨーグルトなんて慶介の好きなやつだろ?」

 そうだ。慶介が好んで食べているのを知っていたし、今は冷蔵庫に買い置きが無かったのを思い出したので買ってきたのだ。

 何となく、くすぐったいような気分で買い物を終え、急いで帰ってきた気持ちも、すっかり萎えてしまっていた。
「ちょっと外出てくる。志村、今買ってきた物、勝手に食べてくれていいから」
 それだけ言うと、これ以上ここに居るのも嫌で、足早に部屋を出た。







「はあ……」
 部屋を出ては来たものの、外に出る気分にもなれず、玄関に向かう途中にあるロビーで、ソファに身を沈めた。
 ここ、華宮高校の寮には、外の緑が眩しい大きなガラス張りの窓がはめ込まれた区画があり、そこには数個のソファやテーブルが置かれ、ロビーとして使用されている。
 飲み物の自動販売機も設置されているため、普段は数人の生徒で賑わっているのだが、今は夏休み期間でほとんどの生徒が帰省中という事もあり、出流の他に人の気配はなかった。

(俺…、どうしちゃったわけ?)

 熱を出した慶介に、不謹慎ながらも何かをしてあげられる喜びを感じていた…。しかし、この時点で既におかしかったのだ。
 出流は本来、他人との関わりは最小限に抑えたい性質な為、面倒を看るのも看られるのも嫌いなはずだった。
(何で……?志村…だから?)
 まさかな、と思ってみても、日高や伊藤など他の人間で考えてみた所で、こんなにも心乱される自分は想像できなかった。

(ワケわかんない…。何で?)







 小一時間程経った頃、コツ、コツ、とリーチの長い足音が響いてきた。
「あれ?出流ちゃん、こんな所にいたの?」
「椎名…、もう帰るのか?」
「ああ、慶介寝ちゃったからさ」
 椎名が「慶介」と下の名前で呼ぶ事にも、今は何となく気に障ってしまう自分に、出流は戸惑っていた。

(何で今更…。っていうか、椎名は俺の事だって名前で呼ぶじゃん)


「………。
 出流ちゃん」

 いつになく真剣な声で名前を呼ばれ、顔を上げると、真直ぐな瞳にぶつかった。
 そして、一転して穏やかな笑みを浮かべた椎名の口から、耳を疑う言葉が飛び出した。

「出流ちゃん、俺と慶介取り合ってみる?」


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