「………っ!」

「…好きなんだ」
                         すく
 言葉と共に強い力で抱きしめられ、足が竦んだ。
       とびと
 中村は、飛鳥ほどではないものの、悦司よりはずっと背が高い。その上、テニスで鍛え

られた腕は太く、この体格差は少々恐怖だった。

「中村っ、ちょっ…離せっ」
         とびと
「どうして?…飛鳥には許すのに……」
                                     は
 中村が低く、しかしはっきりと言った言葉に、悦司は心臓が跳ねるのを感じた。顔が熱く

なる。
            とびと
 最近は、なぜだか飛鳥が近くに居るととてつもなく落ち着かなくなる為、抱き付かれる前に

避けるように離れていたが、少し前までは、どんなに殴っても蹴ってもヘコタレない――どこ
    もはや                  とびと
ろか、最早それすらも楽しんでいる――飛鳥に疲れ果て、3回に1回は抱き付かれるまま

に好きにさせていた。多分、中村はその事を言っているのだろう。


                        とびと
「俺の名前は何も抵抗なく言えたのに、飛鳥のことは名前で呼べなかった…」

「な…なに言って……」
                とびと
「…まさかと思うけど……、飛鳥のこと、好きな訳じゃないよな…?」

「なっ…、違うっ!」

 カッと顔を赤くして否定する。
                       とびと
「名前ぐらいっ、いくらでも言える!…飛鳥!飛鳥飛鳥飛鳥っ」

 ムキになって「飛鳥」と連発する悦司を見て、中村は苦しそうに顔をゆがめた。



「なんっ…、離せ!」

「いやだ……。ほんと、いやだ…、もう、何でだよ……」

 独り言のような言葉をもらして、中村は更に抱きしめる腕に力を込めた。



 その時、鍵の掛かった美術室の扉を開けようとする音が、ガチャガチャと室内に響いた。



あれ?鍵かかってる…
       かす
 廊下から微かに聞こえてきた声に、悦司の体がビクリと反応した。
   とびと
「と…飛鳥!んぅ」
             とびと
 助けを求めるように飛鳥の名を呼んだ悦司の口を、中村は自分の胸元に押し付けること
 ふさ
で塞いだ。本当は、こんな乱暴な扱いなんてしたくはないのに…。どうしていいのか分から

ず、悲しくなってくる。

「なんで…、あいつに助けなんか求めるんだよっ。あいつだって、いつも似たような事してる

だろっ……」

 悦司は、中村の手で押さえ付けられたまま、ぶんぶんと頭を振った。


 とびと
 飛鳥はこんな事はしない。
 とびと
 飛鳥にこんな恐怖を感じたことは、今まで一度だってなかった…。
      とびと
 それは、飛鳥なら悦司が本気で嫌がれば、それ以上の無理強いはしないという安心感も

あっての事だが……。その安心感がどこから来るものなのかは、悦司にもよく分からなかっ

た。



「悦司!?どうしたっ!」
      とびと                    せっぱつま
 一方の飛鳥は、中から聞こえてきた悦司の切羽詰ったような声にあせっていた。

 ドアの小窓から覗いてみるが、死角になっているのか、悦司の姿を確認することは出来な

い。
 とびと                    けやぶ
 飛鳥はチッと舌打ちをすると、ドアを蹴破ろうと一歩後ろに下がった。



「中津川君、今 鍵を開けるから、落ち着きなさい」



「……え…?理事長……?」
                 きさき                      とびと
 突如、横からスッと現れた后が美術室の鍵を開けている後姿を、飛鳥は呆然と見つめ

た。

(なんで理事長がここに…?;)


    うなが
 后に促され室内に入ると、普通に鍵が開けられた事に驚いた顔でこちらを見ている悦司

と、その悦司を腕の中に閉じ込めている中村の姿が目に入った。

「コラー!!何してんだっ返せ!」



 「返せ」ってなんだよ…。




 とびと
 飛鳥は悦司を中村から引き剥がし、中村に向かって勢いよく人差し指を突きつけた。

「お前ふざけんなよ!何考えてんだっ、こんなちっちゃいコ相手に力ずくでっ…!!」



 ・

 ・

 ・



 …何だと。



 ガスッ!

「ふぬグっっ」
          とびと
 悦司は無言で飛鳥のレバーに正拳突きをくらわすと、走って教室を出て行ってしまった。
                とびと                          つぶや
 脇腹を押さえてうずくまる飛鳥を見下ろしながら、中村が呆れ顔でポツリと呟いた。



「…お前、サイテーな」



 お前が言うな。





「ところで、理事長はここになんか用でもあったんスか?」

 美術室の鍵を持って現れたものの、特に何をするでもなく3人のやり取りを見守っていた
    とびと
后に、飛鳥がうずくまった姿勢のまま尋ねると、后は意味あり気な笑顔で室内の天井付近

を指差した。

「え…あれ…って、監視カメラ!?」

「美術部の顧問が誰か、知っているかな?」

「あ…、そういえば、御堂先生と有栖先生…って」

 保健室に監視カメラを設置した事を、入学式の場で明らかにした后だったが…、まさか。



「そういう事だ」


                        とびと
 あたりまえのように言い切った后に、飛鳥と中村二人の頭を「やりたい放題」という言葉が

よぎった。

 なるほど…、有栖の為に設置した監視カメラの映像に、不穏な動きを感じたために、一応

様子を見に来た、という事らしい。



(この人、ちゃんと仕事してんのカナ…;)
                  とびと
 などという失礼な事を、つい飛鳥が考えてしまうのも、まあ、仕方がないのであった。




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CREEP

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