(何なんだろうか…これは……)



 悦司は今、放課後の広い美術室で、自分よりも長身な男二人に両隣を固められていた。



 二人の間では、どっちが先にそれぞれの部活を終えて、ここにたどり着けるかの勝負に
                とびと
なっているようだ。今日は飛鳥が先だった。


    とびと        
しかし飛鳥はここで絵を描くつもりはないらしく、さっきから悦司の筆先を興味深そうに見つ

めており、落ち着かない。

(気が散るから、そんなに見るな…)

 一方の中村は、悦司と同じようにキャンバスに向かっているが、どうも筆が進まないようだ

った。


     せっこう
「中村、石膏描きづらかったら、好きなの選んで描いても良いけど?後ろの棚に色々入って

るから…」
                           とびと
 今二人がやっているのは石膏デッサンで、飛鳥が言っていた事が本当だとしたら、中村

に白一色の石膏像を描くのはむずかしいかも知れないと思い、悦司が提案してみるが、

中村は「大丈夫…」と言って、また眉間をよせてキャンバスに向き直ってしまった。
             とびと
 そんな様子を見て、飛鳥が鼻先で笑った。

(どんな傑作を描くつもりなんだか……)





「出来た……」

 数分後、満足気な声をこぼした中村に、悦司は驚いて顔を上げた。

「えっ?早いな、見せ………っ」

 中村のキャンバスを覗き込んだ悦司は、覗き込んだ勢いのまま力尽きるように顔を伏

せ、プルプルと肩を震わせた。

「ギャハハハ!!なんだそれっ!オッサン!またオッサン!お前、ホントにオッサン好きだ

なぁ〜」

「うっ、うるさい!オッサンじゃないっ!!」


                        とびと
 寝起きのオッサン=c…なるほど、飛鳥の言っていた事は、嘘ではなかった。


             にぎ
「あれ?今日は随分、賑やかなんだね」
                                           ありす しおる
 その時、笑い声に包まれた教室内に、保健医で美術部顧問でもある有栖汐瑠が顔を出し

た。

「アリスちゃん!これ!これ見てよっ!」

「んー?なになに?」
 とびと  すす
 飛鳥に薦められ、中村のキャンバスを覗き込んだ有栖は…、「フッ……!」という空気の
                           ひざ
抜けるような音を発して顔を伏せ、その場に膝から崩れ落ちてしまった。その肩は、やはり

小刻みに揺れている。



(そりゃ…、そうなるよな……)
                            こら
 ようやく、なんとか顔を上げた悦司は、笑いを堪えてにじんだ涙をぬぐい、「中村最強」と

心に刻んだ。




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