「あーあ、俺、テニス部がなかったら美術部に入るのになぁ」

 美術室の掃除を手伝ってくれていた中村が、ふいに溜め息混じりに呟いた言葉に、悦司

はほうきを持つ手を止めて顔を上げた。

 どうやら、テニス部を辞めて美術部に…という訳ではないようだ。悦司は失礼ながらも

ちょっとホッとする気持ちを感じていた。中村には申し訳ないが、正直あまり親しくない人間

と部活中二人きりというのは、考えただけでも落ち着かない。せめてもう一人二人居てくれ

るならともかく、他の部員どころか顧問すらほとんど顔を出す事がないこの部では、それは

到底望めない事なのだ。



「…掛け持ちとか、できないの?」

「さあ。でも、掛け持ちしたとしてもテニス部の方には行かなきゃならない訳だから、そうする

と結局、他の幽霊部員の人達と同じ事になっちゃうじゃん」

「あ…、そっか」

 掛け持ちでたまに来るくらいなら…と思ったのだが、なるほど、それではテニス部が休み

の時くらいしか来られない事になってしまう。



「だからさ…」

「ん?」

 悦司が中村に視線を向けると、思いのほか真剣な瞳とぶつかった。

「たまに…こうやって、テニス部の方が終わった後で、ここに顔出してもいいかな…?」



「え……、そ、それは…、絵描く時間とかほとんど無いだろうし、もしかしたら今日みたいに

掃除するだけの時もあるかも知れないけど、…それでも良いなら、大丈夫だと思うけど」
               け お
 あまりに真剣な表情に気圧されつつ、悦司が言うと、中村は「ありがとうっ」と笑顔をこぼし

た。その人懐こい笑顔に、悦司もつられて微笑むと…。



「悦司〜!俺の可愛いハニーちゃ〜ん

 バタバタと走る派手な足音と共に美術室のドアが開けられ、その足音以上に派手な人物

が登場した。
     とびと
「ゲ…、飛鳥……」

「中村!?何やってんだっ俺の悦司に近付くな!」

「誰がお前のだ。…中津川と知り合いなのか?」

 悦司が問いかけると、中村は苦笑いで答えた。

「知り合いっていうか、同じ中学だから…」

 あ、そうなんだ。

「中学どころか、小学校も幼稚園も一緒だろ。…幼稚園に入る前から知ってるし」

 へぇ…。じゃあ、もしかしたら俺も小さい時に会ってたりして。



「それより、何で中村がここに居るんだよ。お前に美術室なんて関係ないだろ」

「おっ…、俺は絵が好きだから……」

「はあ?お前ナニ言ってんの?動物描かせりゃ、寝起きのオッサンみたいな変なもんしか

描けなかったくせにっ。悦司、騙されるなよ!コイツはっ……」

バシッ
       とびと
 悦司は、飛鳥の後頭部を平手で引っ叩いた。
                                       へ た う ま
「失礼な事言うな。好きと上手いは別だろ。それに世の中には下手上手≠チて言葉も

あるんだぞ?」

(下手上手じゃなくて、ホントに下手なんだって…;)
                     ふきょう              とびと
 しかし、これ以上言っても悦司の不興を買うだけだと察した飛鳥は、殴られた頭をさすりな
                                           げ
がら中村に睨みをきかせた。その視線に気付いた中村がフフンと得意気にほくそ笑む。



 クッソー―――ォ!!悦司、絶対騙されてるって!!




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