「あっ、おじいちゃん、おじゃましてますっ」 「おお、誠。今日も来とったのか」 惣一郎が学校から帰宅すると、安土と尚也が居間のソファに並んでテレビを見ていた。 どうやら今日も、先日安土に買ってきてもらったビデオを見ているらしい。 安土はあの日以来、三日とあけずに遊びに来ている。尚也を見る時の少女のような 目……。 (こりゃ、完全に落ちたかの〜ぉ;) あなど どうやら自分の孫の魅力を、少々侮っていたらしい…。 しかし、安土が来るようになってから、尚也の笑顔が増えたのも事実で…。惣一郎は、尚 也の心が少しでも満たされるのであれば、それが同性愛という形であってもこの際、構わな いと思っていた。 「今日は何を見とるんだ?」 二人にに尋ねると、尚也がビデオのパッケージを片手に掲げながら答えた。 「『フランソワーズの犬』。題名だけは聞いたことあるけど、見たこと無いから…」 「『フランソワーズの犬』…か……」 えが パッケージには、とても楽しそうな可愛らしい絵柄が描かれている。しかし、この話は幼児 かし 用としては首を傾げたくなる程の、とても救いようのない悲しい話だったはずだ。 惣一郎は二人にさせておいてやろうと思っていた予定を変更して、尚也の隣に腰を下ろし た。 つら 「尚也君……、大丈夫だよ。…あの二人は、これから天国で幸せに暮らすんだ。今まで辛か った分、いっぱい幸せになれるんだ…。だから……泣かなくても大丈夫だよ…」 アニメが終わっても、尚也は顔を伏せて泣いていた。その痛々しい様子に、安土の目にも 涙がにじむ。 「『冬来たりなば、春遠からじ』……。春も良いが、冬もまた悪いもんじゃない。…生きていれ かて ば、厳しい冬を体験することもあるだろう。しかし、冬の時代も必ず人生の糧になる。冬が 来れば春も来る…、それが自然のなりゆきだ」 ゆっくりと言い聞かせるように言う惣一郎の言葉に、安土は、やはり尚也がただ遊び さと に@ている訳ではない事を悟った。まだ夏休みには早いこの時期に、遠くから遊びに来て いるという尚也……。きっととても辛い事があり、その傷をここで癒しているのだろう。 たくさん (大丈夫だよ…、君ならきっと沢山の味方がいる。…大丈夫) 安土は思いが伝わることを祈って、尚也の筋肉質な背中を優しくさすった。 「…え……、明日…帰っちゃうの……?」 安土は、二人で散歩に出た近所の川原で、呆然と尚也を見上げた。座っているとそうでも ないが、立った姿勢ではどうしても頭ひとつ分高い尚也を、安土が見上げる形になってしま う。 「うん…。そろそろ、学校にも行かないと」 もう、こっちに来て二ヶ月近くが経とうとしている。いくら尚也が優秀でも、今年受験生という 立場で、これ以上休む訳にはいかないだろう。 いくぶん それに、体調の方も幾分落ち着いていて、薬を飲まなくても発作の間隔があくようになって きた。たとえ発作が出たとしても、安土が買ってきてくれた漫画を読んでいると、うまく気が そ 逸れて楽になれるという事を発見したのも、大きな自信につながっていた。 尚也は、うつむいたまま何も言わない安土をじっと見つめた。その頭が小刻みに揺れてい るような気がして、言葉を発しかけた時、安土がゆっくりと顔を上げた。 その瞳は涙に濡れていた。 「まこ…―――」 「一回だけ…、キスしていい……?」 「えっ…?」 予想していなかった言葉に尚也が驚くと、安土が真っ赤な顔で両手を胸の前で振りながら 言い直した。 「キ…っキスって、あの、もちろん頬っぺた…でいいんだけどっ……。なんてゆーか、思い出 に……。あ、でも、嫌ならい―――」 「目、つぶって」 「え―――」 尚也は、安土が目を閉じるのを待たずに、その唇にキスを落とした。 「ありがとう。君の存在にも、随分助けられた」 「尚也君っ……」 尚也は泣きじゃくる安土を胸に抱きしめ、夕暮れの空を見上げた。 長かったようで短かった二ヶ月…。自分も少しは成長できただろうか――― |
心の棺
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