「はいはい、出流ちゃん?おはよう」

『椎名……っ』

「……どうした?」



 日曜日、朝一番に出流から電話がかかって来たかと思えば、どこか安心したようでいて、
せっぱつま 
切羽詰った声。事情を聞けば、慶介が昨日から、後輩の七瀬と出掛けたまま帰っていない

と言うではないか。



「わかった。ちょっと色々当たってみるから、出流ちゃんはそのまま部屋で待ってて。…大丈

夫だから、泣かないで」

『ん……。ありが…とう』



(まったく…、何やってんだよ慶介)

 慶介に限って、よもや浮気などという事はないだろうが…。



(あんな可愛いコ、泣かすなっつの)
      た             つな
 椎名は溜め息をつくと、七瀬に繋がっていそうな後輩に電話をかけた。









コンコン
                        さいな
 椎名の声を聞いた安心感と、不安感に苛まれながら夜を明かした疲れから、ボンヤリと

床に座っていた出流は、突然のノックの音にビクリと肩を揺らした。



「出流ちゃん、俺。椎名だけど」

「椎名っ……」

 出流は、慌てて立ち上がると、ドアを開けた。



「出流ちゃん……、こんなに泣いて……」
                                       いちもくりょうぜん
 出流の目は真っ赤に腫れて、どれだけ不安な夜を過ごしたかは一目瞭然だった。出流の

悲しみを感じた椎名は、自分の目にも涙が溜まるのを、出流を抱きしめることで隠した。



「慶介は…、もうすぐ帰って来るよ」

「っ……!……ほんとに?」

「ああ……」



 椎名は、七瀬に電話で確認してくれた後輩の話を、出流に説明した。途中で具合が悪く

なった七瀬を送って行き、家族が帰って来ないことを知って、そのままご飯を作って看病し

ていた事…。つい先程、七瀬の家を出た事…。



「連絡ぐらい…っ、くれればいいのに!俺がどれだけ心配したと…思って……、俺の事

なんだと思って……っ」
                                                  さす
 自分の腕の中で泣き出した出流を、椎名は優しく抱きしめて、あやすように背中を擦っ

た。

 平均よりも背が高い出流だが、更に10cmも高い椎名の腕には、すっぽりと包まれてしま

う。



 その時、ガチャリと、背後で扉が開く音がした。



「慶介……」

 椎名が、後ろを振り返って確認すると、慶介が目を丸くして自分と出流の抱擁を見て

いた。

 そして、顔を上げた出流の様子を見て息を呑む。

 泣き腫らした瞳に、眠っていないのか顔色も悪い。

「出流……、まさか、ずっと起きて……」



パンッ!



「………っ」

 慶介の頬を打った出流は、下を向いたまま声もなく泣いていた。



(出流ちゃん……)


                                     
 椎名も慶介も、何も言葉を発することが出来ず、その空気に耐え切れなくなったように、

出流は部屋を飛び出した。





 出流の後を追う事も出来ず、打ちひしがれたように立ち尽くす慶介に、椎名はフゥ、と溜

息をつく。

「俺は、慶介の事それなりに分かってるつもりだけどさ」

 そこで言葉を区切ると、慶介は弱々しく視線を上げた。

「今回の事は、かなり問題のある行動だと思うよ」

「……うん」



 皆まで言わずとも、慶介なら分かっているだろう。慶介は、他人の寂しさにとても敏感な
                   あだ
男だ。……今回のようにそれが仇となって、行き過ぎた面倒を見てしまう事もあるのだろう

が……。



 傷ついた出流を見て、慶介もまた同じように傷ついているのだ。


       うなだ                     ひたい
 椎名は、項垂れる慶介の頭を片手で抱き寄せ、額にキスを落とした。




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