志村って…、最初は付き合いづらそうっていうか、とっつきにくいっていうか…、真面目

そうな奴だと思ってたけど。



「………」



 違うんだよな。



こいつは   ボケている




 自分のベッドに腰掛けた慶介は、焦点の合わない瞳で宙を眺め、膝の上で開かれている

本はお約束のように逆さまだった。そしてその横では、どこから来たのか白い猫が眠ってい

るのだ。



(一体どうしたら、この状況になるんだよ…)


         いづる
 ふと、慶介が出流に視線を合わせた。

「よおっ。おかえり」



「ただいま…」

 優しく微笑まれ、思わず赤くなった頬を誤魔化すように扉を閉める。

「何…してんの?」

「え?ボーっとしてた」

(愚問か…)

「その猫はどうしたワケ?」

 出流は、慶介の横でクチャクチャと口を鳴らしながら気持ち良さそうに眠っている猫を指
           もっか
差し、とりあえず目下一番の疑問を口にしてみた。



「ああ、どこかの飼い猫だろうな。窓開けたら入ってきた」

「は!?」

「ははっ、クチャクチャ言ってるよ。なにか夢見てるんだな」

 楽しそうに笑う慶介の様子に、思わず出流にも笑みが浮かぶ。なんなのだろうか、大きな

身体のこのカワイイ男は。





なんか…

いい表情するなぁー

なんて…



もっと笑わせてみたいな























  笑わせてみた。



 それからの出流は、ヅラの教師を筆頭に、目の前のネタを逃がす事なく慶介を笑わせ

た。

 人気テレビアニメ『とってもハム公』の歌マネまで披露したくらいだ。これは事の他ウケた。

出流は、意外と芸達者な自分に気付いたりもした。





「面白いなーあ、西原は」

 慶介は毎回、いい顔で笑ってくれる…、のだが。





 出流の頭の中をピピピピッという独特の電子音と共に文字が浮かび上がる。



    出流は「変な人」から「面白い人」にレベルアップした

 パパラパーパーパーパ〜






  何やってんの…?

  俺……



 とりあえず、うなだれてみた。





















 間違えた…。俺は道化師になりたいわけじゃない。

 出流が、悶々とした思いを抱えながら歩いていると、廊下の窓に寄り掛かるようにして立

っている岩田が、こちらを見ているのに気が付いた。相変わらずのニヤケ面だ。どうやら彼

の顔は、いつもこんな風らしい。
                                         やから
 なにか言いたそうな様子だが、ハッキリ言ってウザったい。この手の輩に関わるとロクな

事にならないのだ。



「よおっ。最近、志村と仲良いみたいじゃねーの」

「……。だから何?」

 舌打ちしそうな気分で、溜息混じりに返事を返す。無視できればいいのだが、こういう

人間は無視するとよけいにうるさいのだ。



「別に何ってワケじゃねーけどサ、大丈夫かな〜、なんて」

(何言ってんだコイツ…。お前こそ大丈夫か?

 結構、失礼な事を考えている。



「あいつ、キレるとヤバイらしいからさ〜」



 一瞬、誰の話だったかと考えてしまう。そのくらい志村慶介という人間を語るには不似合

いなセリフだった。



「小学校の時、暴力事件起こしたって話だぜ?」



ガン!!


             かす
 岩田の腕スレスレを掠めて、長い足が伸びている。どうやら今の物音は、この足が岩田

の寄り掛かっていた窓枠を蹴りつけた音だったらしい。


          だべ
「下らねー事、駄弁んじゃねーよ」

 足の持ち主が、横顔のまま目線だけを向けて低く吐き捨てた。

 黒髪にキリッと上がった眉、しっかりとした二重まぶたの瞳を縁取る睫毛も濃く長い。

どことなくラテンの血を感じさせる、日本人離れした風貌に、長身の慶介よりも更に数cm

高いであろう身長が、強烈な威圧感を与えている。



「俺はその現場に居たけど、てめぇはなんなんだ?どっかで見てたのか」



「え……」

 岩田は、掠められた右腕を押さえて、突然の事態に戸惑っていた。明らかに怯えている。

馬鹿な男だ。

「いい加減な事しゃべって、得意になってんじゃねーぞ」

 そんな岩田の様子に、呆れたように目を細めると、その男はそのまま静かに去ってしまっ

た。



「誰…?」

        しいな いすみ
「椎名だよ、椎名伊澄、『建設』のお坊っちゃん。志村とダチだったんだな…。

っつーかガラ悪ぃな、何だありゃ…って、オイッ」

 岩田から椎名の名前を聞き出した出流は、もう用は無いとばかりに背を向けた。









「椎名っ」

 追いついた背中に、覚えたての名前を呼びかけてみると、椎名の背中がゆっくりと振り返
             そうぼう
り、先程と同じ冷たい双眸を現した。

 が、しかし出流の姿を確認すると、その瞳は凪いだ海のように穏やかに変化した。

「どうかした?」

                      れいげん
 つい先程までの、底冷えするような冷厳さを全く感じさせない微笑みで問い掛けられる。

(あれ?)

 その変化に軽い戸惑いを感じたものの、気になった事を尋ねてみる事にした。



「さっきの…、暴力事件…って本当なわけ?」

 先程、椎名は面白いネタのように話し出した岩田に怒りを表わしたものの、その件に関し

ては否定しなかった。

 それどころか「その現場に居た」と言ったのだ。岩田の発言だけであれば全く信じなかっ

たであろう出流も、あのように言われては、かえって気になってしまう。


         
「何でそんな事訊くの?」

 ん?と迫られ、自分より頭半分は高い身長に、腰が引けそうになるが、グッと膝に力を入

れて見返した。

「気になるから…、って理由じゃ駄目?」



「西原は…、慶介のこと好き?嫌い?どっち」



「どっ…、どっちって… 二択!?」

(なんかヤだなっ;)

「プッ」

明らかな動揺を見せた出流に、椎名は堪え切れないというように噴き出した。

「ハッハッ、いいよわかった。さっきみたいな輩もいれば、どっちみち耳に入るもんな」



「………」

(俺、最近笑われてばっか…)




TOP     NOVEL     BACK     NEXT



You are my reason to be