入学から一週間。慶介は、同室の4人と共に、寮の食堂で朝食を摂っていた。今朝のメ

ニューは目玉焼きに焼鮭、和風ドレッシングのかかったサラダと、玄米と白米が5:5のご飯

だ。味も悪くなかった。



「なんだよ」



                   いづる
 寮生で賑う食堂に突然響いた出流の声に視線を上げると、彼は日高をはさんで慶介の

右隣に座っており、その奥に座る伊藤が、心配そうな視線を出流に向けていた。だが、イラ

つきを含んだ出流の表情は、自分の前をじっと見据えている。



「なんか用?」

「西原…」

 日高が、かまうなと出流を制するが、出流の視線が動く事はない。すると、出流の目の前

に向かい合う形で座っていた男が、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべたまま口を開い

た。

「べぇ〜っつにぃ。カァワイイ顔してんなと思って」

 その言葉に、出流は一瞬不快に目を細めたが、自分を落ち着かせるように瞳を閉じる。



         ひと
「用がないなら他人の顔ジロジロ見てんなよ。ホモかお前」

 感情を抑えてそう吐き捨てた出流に、目の前にいる男の友人が、面白そうに口を挟んで

きた。
                     ごはっと
「おいおい、男子校でそのセリフは御法度だろ。敵作っちゃうぜー?」

「つーかお前こそ、そのツラで男喰いに来たんだろ?とりあえず手始めに、同室の3人は

喰っちゃったんじゃねーの?誰が一番お気に召したか教えてくれよ」



「おい!いい加減に…」
                       こら
 仲間を得た男が調子付いていくのに堪えかねた伊藤が口を開いた瞬間、出流は椅子を

立ち、コップの水を目の前の男の顔面めがけてぶちまけた。

――――――――――――――――――――――――――――― 
―――――――――――――――――――――――――――――

下品なんだよ



 氷のように冷たく響く声色と、無表情なまでの瞳に、一瞬まわりの空気が止まる。



「テメェふざけんな!」

「やめろ!」



 水をかぶった男が、朝食の乗ったテーブルを乗り越えて出流の胸倉を掴み上げてくると、

それまで静観していた慶介が、二人の間に割って入った。



「どう見てもお前が悪い。ここで事を荒立てても、困るのはお前だぞ」



「……、チッ」

 もともと度胸のある方ではないらしい男は、長身の慶介の登場とそのセリフに唇を噛む

と、出流を壁に叩きつけるように手を離し、そのまま友人らしき男と共に食堂を出て行っ

た。



「大丈夫か?」

 慶介が、壁に背中を打ちつけられた出流を心配して声をかけるが、出流は下を向いた

まま答えず、悔しそうな表情で奥歯をかみ締めている。

 やがてポツリと呟くように言葉をもらした。


              ひと
「………。俺も…大概他人のこと言えないけどさ…、志村って何でそんなに冷静なの?」

 本来、礼を言うべき所なのは分かっていたが、出流は慶介のその模範のような言動に

イラ立ちを覚えた。



「なんか…、どうでもいいみたいに」

 やつ当たりだと分かっていても止められない。






なんか… ムカツク

 

 

 

 













 「まったく、何を考えてるんだお前たちは」



 慶介が職員室の片隅で、教師に頼まれたクラス分のプリントをコピーしていると、後ろか

ら溜息まじりの声が聞こえてきた。

 後ろを振り向くと、出流と、今朝もめていた生徒が、慶介に背を向けるかたちで立ってい

る。どうやら、今朝の事で呼び出しを受けたらしい。



「あんまり騒ぎを起こすなよ」

 一年生担当の生徒指導員である年配の教師は、全く反省の色を見せない二人の態度

に、疲れた表情を浮かべている。
                   おやご
「高校生にもなって、入学早々親御さん呼ばれるのも恥ずかしいだろう」



「スミマセン、俺が悪かったです」



「「!?」」

「……」

 突然、謝罪の言葉を口にし、神妙に頭を下げた出流に、もめていた生徒と生徒指導員は

ポカンと口を開けた。



「岩田…(だっけ?)、ごめんな、許してくれる?」

「あっああ、い、いいぜ別に。全然気にしてねーよ」

 上目使いで申し訳なさそうに見つめてくる出流の美しさに、岩田と呼ばれた生徒はすっか

り毒を抜かれて頷いていた。



「先生、俺たち仲良しです」

 出流は岩田と手をつなぎ、肩の高さに掲げて見せ付けるが、その表情はいたって無表情

だった。この言葉が本心ではない事は、出流に手を握られて、だらしなく鼻の下を伸ばして

いる隣の男以外には一目瞭然だった。その様子を見る限り、この岩田という生徒は、もし

かして初めから、出流と仲良くなりたかったが為にバカみたいなちょっかいを出したのでは

ないかと思わざるを得ない。



 教師は、はあーっとあからさまに大きな溜息をつくと、

「…あーまぁ、これから気を付けるようにな」

 と、二人に教室に戻るよう促した。



「なあ西原、今度どっか遊びに行かねー?」

行かない

 とことん空気を読めない男のようだ。



「………」

「………」

 職員室を出たところで慶介と出流は顔を見合わせた。



「さっき…、変な事言って悪かったな」

 気まずい雰囲気をごまかすように、慶介の片手から丸まったプリントの束を奪いながら、

出流が沈黙をやぶった。



「さっき…?」

「考えてみりゃ、お前にとって俺の事がどうでもいいのは当たり前だよな」

(ああ、今朝の事か…)

「何であんな事言ったのか、自分でもよくわかんないんだけど…さ」

 本当に、なぜあんなに腹が立ってしまったのか。やつあたりもいい所である。



「………」

 そこでやっと慶介は理解した。自分の冷静すぎた反応が出流に無関心感を感じさせて

いた事を。



「それは…」

 そして言ってしまった。



「もしかして、寂しかったのか?」



  ・
  ・
  ・



 な……

な ん て こ と    言 い や が る




(いっ…言うかっ!?普通そんなコト!?こんな真顔でっ!!)



 慶介は至って真面目だった。変な事を言っている自覚は全く無い。


(変な奴!)



「変な奴だな、志村って」

「俺はお前の方が変だと思うけど」

 よく言われるだろ、と、これまた真顔で訊いてくる。



「ほ…ほ〜う」

 出流はハッハッハ〜と、乾いた笑いを浮かべた。

お前の方が、絶っっ対ヘンッッ



 ふっ…

「そうか?」



 周りに関心がない様でいて、以外にも負けず嫌いな一面を見せた出流に、慶介が柔らか

く目元を綻ばせた。



  なんだよ

  笑うと案外カワイイんじゃないか



「変な奴っ」

「はははっ」









 その日、寮に戻った慶介は、「呼び出しくらってたみたいだけど、大丈夫だったのかな

〜?」と出流を心配していた日高に、職員室での出来事を話した。ちなみに、慶介と出流は

同じクラスだが、日高はクラスが違うため、学校では出流と話す機会がなかったらしい。



「ああ…、西原んとこは、早くに母親亡くしてるからな。親呼ばれるとなると、親父さんが来る

事になるからマズイと思ったんじゃないかな。会社とかもあるだろうし」

「そうなのか……」

 慶介は自分の机に向かい、授業の復習を始めたが、その日は何故だか、なかなか勉強

に集中する事が出来ないまま時間が過ぎた。




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