「おっ、今日は誰も居ないな」

 電車とバスを乗り継いで一時間半、三人はやっと目的の海に到着した。

「パッと見、泳げそうだろ?だから、本当は遊泳禁止なんだけど、泳ぎに来る人とか結構

居るんだよね」

 確かに、見たところ普通の海水浴場と何ら変わりのない綺麗な砂浜で、遊泳禁止の立て

看板が無ければ、それと分からない程だ。



「けど、禁止されてるからには、禁止されてるなりの理由があると俺は思うわけだよ。」

 顔をしかめながら椎名が言う。
 しろうと
「素人には分からない事って沢山あるもんな」
 りがんりゅう         いづる
「離岸流…だっけ?」と出流が言うと、「そうそう」と、椎名に頭を撫ぜられた。



「だから、足だけ入って夕日見て帰ろう」

「うん」

「そうだな」









「うわ〜、結構つべたい!」

 裸足でズボンの裾を捲り上げた出流が、海に足先を入れて震え上がった。

「ははは、ホントだ」

 続いて、椎名と慶介も海に入る。



「よし!どうせなら思いっきりベタな事やり尽くそう!!」

「え?っうわ!!」

 言い終わると同時に、椎名が出流の顔にバシャバシャと海水をかけた。

「うわっ、ちょっとバカ!帰りどうすんだ!」

「いいから、いいからっ」

「くそっ…!」

 尚も海水をかけ続けてくる椎名に、出流も反撃を開始した。



「ははははっ…ぶっ!」

 椎名と出流の戦いを笑って見ていた慶介に、二人の集中攻撃が襲う。

「何笑ってんだよっ、お前も参加しろ!」

「ちょっ、まっ…、口にっ…ブフッ」

「慶介を沈めろー!」

「ラジャー!」





















「はぁ〜、疲れた〜ぁ」

 随分と久しぶりに、はしゃいでしまった。気が付けば日も落ち、太陽も海の向こうへと沈も

うとしていた。



「のど渇いたな、なんか買ってくるよ。何がいい?」

 椎名が立ち上がる。

「え?あ、じゃあみんなで行こうよ」

「いいって。俺が一人で行った方が早い」

 自分の足を指差しながら、ニッと笑う。

「悪かったな、足手まといでっ」

 気を使わせないためにワザと言っているのは分かっているが、こちらも乗っかってムクレ

てみる。



 椎名は「俺、足長いからね〜」と言いながら、じゃあ、適当に買って来る、と歩き出した。
      いすみ
「悪いな、伊澄」

「おおっ」









「志村さぁ…、よっぽど仲良くなるまでは、下の名前で呼ばない主義?」

 突然の出流の質問に、慶介は首を傾げる。

「いや…。そんな事はないけど…」

 その返事に、ふーん、と返しながら、目の前の夕日を見据えた。



「じゃあさ、そろそろ俺の事も下の名前で呼べよ。そんで、お前の事も名前で呼ばせろ。

『志村』っていうと、なんかこう…、某芸能人の顔がチラつくんだよな…」



(ヨシ!言ったゾッ)



 出流にしては、頑張って考えた良い理由だったが、隣の慶介の様子がおかしい。見ると、

体育座りの膝に顔をうずめて、その肩は小刻みに揺れていた。



(っ…わ、笑われてる!?)



 何で!?と思っていると、やはり笑い顔の慶介が顔を上げた。



「いいよ。

 …出流」



「………慶介……」



 心臓が心地良く絞めつけられる。好きな人には、名前を呼ばれただけで、こんなにも幸せ

な気持ちになれるのだという事を、出流は初めて知った。



「出流…」

 慶介が、出流の頬に手を伸ばした。

(え……?)

 親指が、頬を滑る。

「砂が…、付いてる」



  ・

  ・

  ・



(なっ…、なんだよ〜!ビックリさせんなー!!)



 出流の真っ赤に染まる頬を、夕日が更に紅く染め上げていった。




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