「まずはシャワーだな。よし、年功序列って事で、早生まれの慶介、先に入ってこいよ。

着替えはこれ、脱いだモンは洗濯機に入れといて」

 椎名のマンションについた三人は、お腹がペコペコだったが、とにかく肌で乾いた海水

が、気持ち悪い事になっていた。



「悪い。じゃあ、お先に」

 椎名は遠慮は聞かないタイプらしく、慶介も遠慮せず従った。ちょっとした所で付き合いの
                                        いづる
長さを感じさせる二人に、今まで深い人付き合いをしてこなかった出流は、嫉妬と共に羨望

もまた禁じ得ないのだった。



「い・づ・る・ちゃん」

 慶介がバスルームの扉を閉めたと同時に、出流の肩口から椎名が顔を寄せてくる。

「なっ、なに!?」

 驚いて振り向くと、最近では見慣れつつある意地悪な笑顔が、目の前にあった。

「出流ちゃん、ホンット可愛いなぁ〜」



 何が、とは言わないものの、出流と慶介が名前で呼び合っている事を指しているのは明ら

かだ。この分かりやすい変化に、椎名が気付かない訳はなかった。ましてや出流は、慶介

の名前を呼ぶ時に、まだ少しぎこちなくなってしまうのだ。



「可愛い言うなっ」
              いきさつ
「今度慶介に、どういう経緯でそうなったのか訊いてみよ〜」

「やめろっ!」

 また、からかう材料を与えてしまったようだ…。椎名の手にかかると、出流のクールビュー

ティーも形無しだった。





                    



 

「ごちそうさま。美味しかったー、椎名って料理も出来るんだな」

 椎名が夕食に作ってくれたオムライスは、正直、寮の食堂で出される物よりも、数倍美味

だった。チキンライスの味付けも絶妙で、卵もフワフワだ。

「ハハ、おそまつさま。一人暮らしだからね、弁当ばっかりっていうのも色々偏るし、なるべく

自分で作るようにしてるから」



 そっかー、と言いながら改めて部屋を見渡してみる。

「それにしても広いよなー。一人暮らしの部屋じゃないだろコレ」

 今居るのは20畳ほどのリビングで、隣にキッチン、玄関からここに来るまでの廊下には、

バス・トイレの他に3つ程の扉があった。


        かみや
「いやいや、華宮の理事長なんて、ここの最上階1フロア丸ごと一人で使ってるけど」

「は!?ここに理事長居るの!?」

「ん、ていうか、このマンション自体、理事長の持ち物だから」

「…マ、マジで?…うちの理事長って何者?」
                きさきなおや
「理事長の名前知ってる?后尚也。后コンツェルンの次男なんだよ。で華宮の前理事長の

外孫」

 后コンツェルンといえば、出流もよく耳にする名前だ。マンションやホテル経営の他、様々

な分野で成功を収めている大企業だった。



「て事は、ここ、そうとう高いんじゃ…」

 思わず出た出流の呟きに、椎名がフ…、と口元だけで笑う。

「…金だけは出してくれるからね。うちのオヤは」

 いつもとは違う笑顔。初対面の時を思い出させるその表情に、親の話はタブーらしいと悟

る。



「しかし、よく分からん人だよな、理事長も。俺この前、あの人に髪撫ぜられたぞ。『君、

美しい子だな…』とか言って」

 水を飲んでいた慶介が、むせそうになる。

「あっはっは、出流ちゃん気に入られたかな。俺なんか身長ありすぎで可愛くないって

言われたぞっ」



 華宮高校理事長である后尚也は、182cmの長身に銀縁眼鏡がよく似合う美青年で、
                             あまた
28歳という若さもあり、女性からの誘いは引く手数多…なのだが、女性の体には興味が
                                              にかいどう ちとせ
無いのだそうで。英語教師であり、后とは中学・高校・大学まで後輩であった二階堂千歳

恋人だという噂も流れる奇人であった。




 まあ、本人いわく、二階堂千歳は恋人≠ナはなく情夫≠ネのだそうだが…。



 このように、およそ教育者とは思えぬ人物ではあるが、特に問題を起こすという訳でも

なければ、仕事は常人以上にしっかりこなす、という面
で人望もあり、表立って文句を言う

者はいないのだった。




「出流ちゃんも、理事長の情夫候補に入れられてたりしてなっ」

「なっ!なんだそれ!!」

「慶介も気を付けろよ〜、お前は色々ヌケてるんだから」

「お、俺は大丈夫だと思うけど…」

「いいや!慶介はヌケてる!!」

 そっちの「大丈夫」ではなかったのだが…、出流に力一杯否定されてしまった。



(お前を狙ってる人間が、ここに既に二人もいるんだぞ!!)




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