かみや
 厳しい残暑が続く日本列島。ここ華宮高校も、長かった夏休みも終わり、寮や学校内にも

活気が戻っていた。
 いづる
 出流は寮に戻るべく、放課後の校内を一人で玄関に向かって歩いていた。

 すると、数メートル先の空き教室の扉が開き、中から二人の人影が現れたのが目に入

る。



(うわ…)

       きさきなおや            にかいどう ちとせ
 理事長の后尚也と、英語教師二階堂千歳だ。二階堂は、出流のクラス担当ではない為、

面識はないが、独特の雰囲気を持った美人であるだけに、見間違えるはずもなかった。

 身長は170cmと、高くはないが、細身でスラッとした体形は美しい。女性のような顔立ち

に、憂いを含んだ瞳が艶めかしい男だった。

 今日初めて二階堂を間近に見た出流は、(理事長も、良い趣味してるな)と思ったのだ

が…。

 恋人ではない…とはどういう事であろうか。



 出流と視線が合った后は、意味深な笑みを浮かべた。二階堂が出流の会釈に、目礼で

答えて背を向ける中、后はこちらへと歩を進めて来る。

「やあ、西原君。なにか言いたそうな顔をしているね」

 落ち着いた声だ。こうして見ると、まとも…というより、むしろ物凄くかっこ良い大人なのだ

が…。



「何してたんですか…?」

 空き教室で…。



「うん?人には言えないような事をしていたんだよ」



 ブッッ!!



「というのは冗談で、人には聞かせられない話をしていただけだよ」

 さすがに校内ではね、とクスクス笑われる。



「恋人…なんですか?」

 この際、気になる事は訊いてみようと思う。

 失礼な事ではあるが、后なら答えられる事には気軽に答えてくれるような気がした。それ

に、答える気があるからこそ、困惑顔の出流にわざわざ声を掛けてきたのだろう。



「いいや、違うね。千歳は私の情夫だ」

「どうして、情夫なんですか?…恋人とどう違うんですか?」



「私は千歳を愛しているが、恋はしていない。ましてや友人でもない。…だから情夫」



「…わ、割り切った関係…ってやつですか」

「私は、ね」

 笑みを崩さぬまま答える。

 どこか含みのある言い方である。

「それって……」

 二階堂の方は、そうではない…という事だろうか。


    わがまま
「私は我侭な人間だから、自分以外に心が向いているような相手は要らないんだよ。

他人のモノには興味もないしね」



 本当にワガママだ…。



「かといって、千歳は割り切っていないという訳ではないよ。最初にキッチリ、身体と愛情

以外は与えないと言ってあるからね。それが嫌になったら去ってくれて構わない。情夫は

彼だけではないのでね」



 目眩がしそうだ…。
                      じんあい
 彼の言う愛情≠ニは、あくまで仁愛≠ナあって恋愛≠ナはないのだ。



 余りにも理解できない話に困惑を隠せない出流に、后はクスリと笑みをこぼした。

「いつか君にも分かる時が来るかも知れないし、来ないかも知れない。

 まあ、大概の者には分からないだろうから、分かる時が来ない方が幸せなのだろうね」


                          いな
 訊いてみて、余計に分からなくなった感が否めない出流であった。





















「ふぅ〜ん」

「どう思う?」

 自分一人でいくら考えた所で、全くワケが分からなかった出流は、后とのやり取りを、椎名

に話してみた。

 椎名は、う〜んと唸ると、にっこり笑って、

「わからん」

 と言った。



「だよな…。俺も理事長の気持ちも、二階堂先生の気持ちも全然分からない。好きでもない

人と肉体関係になっちゃうとか…、好きな人の情夫って立場で我慢するとか…。俺だったら

絶対耐えられない…」

 ましてや、その立場に居るのは自分だけではないのだ。理事長に、一体何人の情夫が

居るのかは知らないが、それが2人でも20人でも耐えられない事に変わりはない気がし

た。



「う〜ん、つまりはアレだ、俺たちに理解できないって事は、俺たちには分からないような

モノが、あの人たちの中にはある。って事だ」

「中って?」

「言ってみれば、過去? 誰だって、何の理由もなく歪んだりなんてしないものだよ。

だからこそ『分かる時が来ない方が幸せ』なんじゃない?」



 椎名は時折、非常に鋭い事を言う。その度に、出流はいつも敵わないと思ってしまうの

だ。

「椎名ってオトナ…」

「あはは、何それ!」



  こんなのがライバルなんて、俺ってついてない…。




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