第二一詞章 武甕槌と経津主
《出典》『紀』本文を基に、『紀』第二の一書で一部補った。
[詞章の解釈]
第四詞章との関係
この詞章は第四詞章「軻遇突智」と登場神がほとんど同じなので、両者が深く結び付いていることは明らかである。成立の先後を言えば、原型の成立はおそらくこの詞章の方が古い。その後で、ここに登場する神々の誕生神話として第四詞章が構想されたのだと思われる。
天尾羽張は既述のように彗星の親玉(ハレー彗星?)の神だろうが、天岩屋に住んでいるという捉え方は、まれにしか現れない彗星の特徴を言い得て妙である。
武甕槌
武甕槌の本体も、その系譜や描写からすれば、彗星だと思われる。系譜から言うと、『紀』本文では天尾羽張の子が甕速日、その子が樋速日、その子が武甕槌なので、天尾羽張の曾孫である。『記』では天尾羽張の子が武甕槌である。また、その描写からすると、天尾羽張は地上から見て尾を水平に出す彗星であり、武甕槌は尾を垂直に出す彗星だと思われる。天尾羽張は第四詞章で伊奘諾が火の神・軻遇突智を斬る剣になっているので、尾が水平に出ていないと伊奘諾は剣にできない。一方、武甕槌は第二三詞章「事代主と建御名方」で剣を地上に突き立てているので、尾は垂直に出ている。
経津主
経津主の本体はおそらく流星群である。『紀』本文では第四詞章で誕生した天の川の星々の神から生まれたことになっているので、その位置から言ってオリオン流星群ではないかと考えている。オリオン流星群の輻射点はオリオン座とふたご座の間の天の川の中にある。出現期間は十月二十日前後なので、この詞章の時季もその期間に限定されることになる。ただし、武甕槌と経津主が同時に現れることはまれな現象だろうから、あるいは時季の違う二つの現象を組み合わせて構想されているのかもしれない。
『記』では天尾羽張と武甕槌が登場して経津主は出てこないが、こちらは実際に同時に出現していた時の様子から創られているようである。
「天尾羽張が天安河の水を逆に塞き上げているので、他の神は天降ることができない。そこで天尾羽張に天降るかどうかを尋ねたところ、即座に自分の子の武甕槌を使者として推薦した。そこで武甕槌を遣わした」となっている。経津主が登場しないのはそのためだろう。
ところで、オリオン流星群の母彗星はハレー彗星なのだが、古代人はそこまでわかっていたのだろうか。たまたま一致しただけなのだろうか。このへんになるとさすがに信じられなくなってくる。
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