近年PCショップの電源コーナーを見ると、必ずと言ってよいほどPFC回路搭載を謳っています。しかしPFC回路が一体何をする回路なのか。またどんなメリットがあるのか、いまいちユーザーに伝わっていないように思います(嘘を書いてるメーカーもある)。そこでここではなぜPFC回路が搭載されるようになったのか、PFC回路が何をしているのか書いてみたいと思います。
そもそもどんな状態が理想か

まずは、ユーザーから見ても電力会社から見ても都合が良い状態を考えてみます。
r_circuit.png(1547 byte) r_wave.png(5198 byte) もっとも良い状態は、左の図に示すように負荷が単純な抵抗のときです。このような回路のとき、負荷にかかる電圧vと負荷に流れる電流iの波形は右の図のように同じ形となり、位相も一致します。

このような状態のとき、回路は余計なノイズを出しませんから他の機器に悪影響を与えません。ユーザーにとって望ましい状態です。また回路に流れる電流に無駄がありません。電力会社が余計な設備を用意する必要がありません。電力会社にとっても望ましい状態です。


現実にはどのような状態か

現実が理想と食い違うのは世の常です。 sw_power.png(3907 byte) sw_powerwave.png(3355 byte) 電源も例外ではありません。PCに使用されているスイッチング電源の大雑把な回路図を示します(この回路は本当に大雑把なものです。本当はフィードバックもかかっており、もっとずっと複雑です)。
この回路がどのように動作するかといった解説は他のサイトさんや専門書に譲るとして、この回路に流れる電流の波形を考えてみます。
結論から書きますと、右の図のようになります。
電圧は正弦波状なのに電流が尖った波形となっています。この波形の特徴として、

導通時間は短く、波高値は高い。また、周波数が基本波(50/60Hz)の整数倍となっている。

といったことがあげられます。現実の波形がどれだけ理想に近いを表す要素に力率というものがあります。力率は理想的な状態で1、最悪の状態で0です。

力率と効率

慣れていないと混同しやすい言葉です。
力率は、エネルギー(電力)を送るのにどれだけ無駄な電流が必要なのかを表した数字です。
効率は、送ったエネルギー(電力)がどれだけ無駄なく変換されたかを表した数字です。

どんな問題点があるか

何も問題点がなければ余計なコストを払って対策する必要はありません。主な問題は、高調波問題、電圧波形の頭がつぶれること、そして余計に同じ電力であれば余計な電流が必要なことです。以下にそれぞれの問題について説明していきます。

高調波問題

先にも述べた通り、電流の波形には基本波より高い、基本波の整数倍の周波数成分が含まれています。これら、基本波の整数倍の周波数成分を高調波と呼びます。何も対策を行っていない機器に高調波電流が流れるということは、電力線にも高調波が流れると言うことです。
ところで、電力線をくまなく調べてみると、至る所にコンデンサが入っています。コンデンサのインピーダンスは周波数に反比例します。電力線に流れる電流が基本波だけなら問題ないのですが、高調波電流が含まれると問題になることがあります。
コンデンサのインピーダンスは高調波電流に対して低いため、高調波電流がコンデンサに過大に流れる恐れがあります。そのためコンデンサを焼損する事故が実際に起こっています(平成6年3月。名古屋市科学館)。
電力機器は50/60Hzの電流が流れることを前提に作られています。高調波電流が流れることは考えられていません。そのためこのような事故につながるケースがあります。

電圧波形の頭がつぶれる

swwave_d.png(3301 byte)
先ほどの電流波形を見て明らかなように、わずかな時間に大きな電流が流れます。ところで、電力線にはわずかに抵抗成分があり、電流が流れればそこで電圧降下が発生します。電圧降下の大きさはR・Iです。
ここで左の図を見てください。一見先ほどの電圧、電流の波形と変わらなく見えますが、よく見ると電圧波形の頭がつぶれているのがわかるでしょうか。図のような電流が流れると電圧降下は電流が流れたときのみ発生します。
電流が正弦波状に全ての時間で流れていれば問題ないのですが、実際には図のような流れ方をします。電圧降下は電流が流れたときにのみ発生するため、図の様なひずんだ電圧波形となってしまいます。

そのため電圧の波高値が本来の値(141.4V)を満たせないこともあります。

この現象のため太い電線に張り替えなければならなくなったケースもあります。
また、電圧波形の頭がつぶれているということは、電圧に高調波が乗っていることの証拠でもあります。


電流のピーク値が上がる

図をご覧ください。
wcompare.png(6376 byte) 左側が理想的な状態、右側が現実の状態です。ここで、どちらの波形も負荷に同じ値の電力を供給しています。電流の波形に注目してください。右側の波形では、電流が流れている時間が短い代わりにピークの値がとても高くなっています。

この電流に対応するため、より大きな電源ケーブルやブレーカーを用意する必要に迫られるかもしれません。
例えば、ピーク電源電圧141Vで負荷に400Wの電力を供給する場合を考えてみます。理想的な状態であれば、力率は1であり、電流はピークで5.65A流れます。
ところが図の右側のような状態では、ピークで5.65Aよりより高い電流が流れます。ここで力率を0.5とすると、電流はピークで11.3A流れることになります。ケーブル類やブレーカーもそれに対応した機器を用いる必要があります。

家庭であれば、電源タップの買い替えや契約A数の変更を考えるくらいで済むかもしれませんが、電力会社にしてみれば大変です。力率が悪いと余計に電流を流さなければならないため、電力設備もそれにあわせて強化された機器を用いる必要があります。

これまで挙げた波形を実際にオシロスコープで観測して写真で示せると良いのですが、家庭用電源を直接オシロスコープで観測するためには差動プローブが必要になります。残念ながら私は差動プローブを持っていません。差動プローブを使わずに観測するには危険が伴います(やってやれないわけではないのですが...)。参考文献の写真を転載したいところですがまさかそんなことをするわけにもいきません。もし可能であれば参考文献もご覧ください。

PFC回路は何をしているか

ここまで挙げたように、力率が悪いと多くの問題が発生します。ここからはPFC回路が何をして力率を改善しているかを大雑把ながら説明してゆきます。

PFC回路の仕事は、「電流波形を下げて広げる」ことです。言葉より図をご覧ください。 pcf_wave.png(3053 byte)
図の左側は改善前の波形です。この波形を「下げて広げる」ことで、右側のような波形となります。改善前より正弦波に近くなっていることがわかっていただけると思います。これにより力率が改善されます。

なお、図のような波形は電流非連続モードと呼びます。電流連続モードと言う、もっと正弦波に近い波形にする回路もありますが、より大きな部品(インダクタ)を用いる必要があり、コストアップとスペースの問題が出てきてしまいます。なお、力率の改善という観点から言えば、図のような波形でも目標は達成されたと言えます。

もちろん、ノイズの少なさを考えれば電流連続モード(波形が正弦波に近い)の方が良いです。
実際の製品にどのような部品が実装されているか、またどのような電流波形になっているかまでは、私は知りません。

PFC回路の搭載によるメリット

PFC回路によって当然ながら力率が改善されます。これにより、
高調波の発生を抑制できる
電線に必要以上に太い線を使用しなくて済む
欧州では義務化されているため、PFC回路の搭載で商品を輸出できる
ブレーカーが落ちにくくなる(ピーク電流が小さくなるため)
といったメリットが生まれます。

PFC回路の搭載によるデメリット

メリットばかりではありません。表があれば必ず裏があります。
効率が悪くなる
電源での発熱も多くなる
電気代は安くならない
価格が高くなる


PFC回路は、どちらかと言うとユーザーではなく電力会社にうれしい回路です。PFC回路を搭載しても電気代は安くなりません。効率が同じなら力率は良くても悪くても消費する電力は同じです。電気代は実際に消費した電力に課金されるため、力率は電気代に関係ありません。
単純に損得で言えば、ユーザーにとっては損の方が大きいかも知れません。しかし単純に損得で語ってよい問題ではありません。
これまで述べてきたようにPFC回路を搭載していない電源では高調波を撒き散らします。高調波を撒き散らすのは、変な例えですが
トイレで流した水を水道の蛇口から逆流させて他の人に使わせる
ようなものです。そんなことされたら嫌ですね。人間がそんな水を飲んだら腹を下すでしょうし、電子機器にとってもよろしくありません

力率の改善は電気製品が守るべきモラルとも言えます。電気代がどうとかいう問題ではありません。

PFC回路が搭載された電源は周りにあまり迷惑をかけません。電気を食います。発熱します。PFC非搭載の電源はその逆です。また、ここでPFC搭載の電源を買ったからと言って即座に効果が表れるわけではありません。他にも高調波を撒き散らしている製品は多いです(大半のACアダプターや電源内蔵の電子機器)。しかし、だからと言ってPFC非搭載の電源を新たに買うと高調波の発生に加担することになります。

どちらを選ぶかは貴方次第です。
参考文献

トランジスタ技術 1998年7月号 272-286頁
トランジスタ技術 2003年10月号別冊付録 4-15頁
伊藤健一著 ワットと熱と故障の話
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2004/2/1記