苺
俳句 |
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食細り 術後の母に 苺買ふ 木苺や 燃ゆる思ひを 包み込む 苺来て 方言香る 夕餉かな 偲ばるる 父不揃ひの イチゴジャム
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視線さけ 見つめし苺 ティールーム 初恋の 青さ残りし 苺かな クラス会 話の継ぎ穂 苺食べ 仲良しと 苺めぐりて 関ヶ原 |
季語について |
◆六月 野生のものもあるが、いまでは栽培された洋種のものが一般的である。温室栽培や石垣栽培などのものは真冬から店頭にあらわれるが、露地に育って熟するのは夏で種類も多い。「枕草子」にも「いみじう美しき稚児の、いちごなど食ひたる」とある。覆盆子(いちご)。草苺(くさいちご)。苗代苺(なはしろいちご)。 葉の形から、あるいは実のつきかたから、「もみじいちご」とも「さがりいちご」とも呼ばれる。一メートルくらいの低木で、林の中など歩いていると、透き通るような黄金色の熟れた果実に行きあたることがある。 野原や高原の道ばたにはびこり、花は鮮黄色、やがて赤い実をつけ目を引く。食べられないが毒ではない。葉は煎じると薬用になるという。 |
俳句にまつわる話 |
1 木苺や 闇に負けじと 命燃え 木苺は真っ赤な実をつけます。(黄色い実もあります)素朴だけどそれだけに力強さを感じます。幼い頃、野に遊び木苺を取って食べた記憶はなつかしく思いだされます。あの甘酸っぱい感じは、幼い日の淡い恋にも似ています。 あの赤色は命の燃えている色、闇とは人生の試練のことです。それに負けず頑張っている木苺に、自分の人生を重ねてみました。 2 木苺の 深きに気づく 帰り径 木苺の濃い色合いは、闇が深まるほど味わい深きものになります。幼い日の淡い恋心(本人も恋とは気づいていない。)。 幼なじみと野で遊び、知らぬ間に時が経ち、遅くなった帰りの時間を、木苺の深き色合いで感じたという句です。いつまでも一緒にいたいけど、でもそれはできない。そんなもどかしい心模様の幼なじみとの淡い恋心を詠みました。 3 木苺や 燃ゆる思ひを 包み込む 木苺の深い赤色は、幼き日の燃ゆる思いを果たせぬまま、内に包み込んだような色。その深き思いが、深い色となっている。そんな気がして、詠んだ句です。 4 苺来て 方言香る 夕餉かな 田舎から苺が宅急便で届く。母の手作りの苺である。その苺を食後のデザートにして、田舎の話題で盛り上がる。都会で暮らす内に忘れていた方言が無意識に口に出てしまう。そんな夕餉のほのぼのとしたシーンを詠いました。 5 香水に 負けじと香る いちご園 6 偲ばるる 父ふぞろいの イチゴジャム 父はまめな人で、いろいろな所に才能がありました。絵、書道、詩吟、日曜大工。その中に料理もありました。苺を潰してジャムをつくる、でもそこは男の料理、粒がふぞろいでごつごつしている。でも、それがまた味があっておいしい。トーストにマーガリンを塗ってその上に苺ジャムをつけて食べるのが好きでした。何事にもまめな父親を持つと、その息子は何もしません(笑)。何もしなくてもすんでしまうからです。だから、私は何もできません。 7 食細る 術後の母に 苺買ふ これは説明の必要もないですね。私の母はアルツハイマーでした。この病気は記憶だけを失わせるのではなくて、徐々に体力も気力も失わせて行きます。5年の介護生活の末の入院、体力も気力も残っていません。そんな母が肺炎の手術。普通の人でも術後は食欲がないもの、まして母はほとんど食べられませんでした。そんな母を見て、病院からの帰りにスーパーに寄って好きな苺を買いました。食べられないけど、せめて香りだけでも……。そんな思いで作った句です。 8 母の愛 器冷たき 苺かな 9 子を思ひ 冷やす苺の 温かさ ビールを飲んで、そのコップまでが冷えていたことに感激したのはいつのことだっでしょうか?かなり前になると思います。きっとどこか一流のホテルのディナーか何かの時のビール。昔はそんな気遣いよりも、<安く>とか<たくさん>とかの方が価値があった時代。器も今ほど凝っていなかった。そんな時に、冷えたコップに出会ったのですから、<これはなんだ〜〜>となるわけです。今でこそ、冷えたビールに冷えたコップは特別珍しいことではなくなりましたが……。冷えたコップでのむビールは最高です。母親は子供の部活帰りを待っている。炎天下の部活で、お腹もすいているし、冷たいものも欲しい。子供のためにと思って早くから、苺を冷蔵庫に入れて冷やしておく。さらに、器まで冷やしてくれるのは、母親の子供を思う愛情の深さ、心は自然と温かい気持ちになります。 10 視線さけ 見つめし苺 ティールーム 喫茶店で見つめある二人。この二人は、初デートなどの新鮮なカップルが良いですね。弾む心とは裏腹に、思ったことが言えないもどかしさ。そんな彼の堅さが彼女にも映って、いつしか気まずい沈黙。見つめられる視線をさけるように、コーヒーカップの横に添えられたケーキの苺に目を移す。そこに、白いクリームにのった苺の真っ赤な色が鮮やかに見える。いつもの苺の赤より一層新鮮に見えた。そんな驚きと恋の喜びを詠った句です。 11 初恋や 青さ残りし 苺かな 初恋の表現にはいろいろありますよね。私は<カルピスの味>というのが気に入っていました。甘くて酸っぱい、カルピスの味とよくマッチしています。初恋は叶わないもの、いやかなえてはいけないものかもしれません(笑)。永遠に胸の奥にしまって、時々出しては埃をはらい、また胸の奥にしまう。言いたいことが言えなかったもどかしさが、酸っぱさを表現しひょっとして、彼女も自分のこと好きだったのでは……という思いが、甘さを表現しているような気がします。苺も熟したものは、甘いだけだけど、まだ青さの残った堅めの苺は酸っぱさが感じられます。青春時代のような青さの残った苺の方が、苺らしいかな?そんな思いで作った句です。 12 クラス会 いちご運ばれ 時を知る 宴会の最後にはデザートが出ます。だいたい2時間くらいが宴会時間ですから、酒を飲んで夢中になって話していると、アッと言う時間です。クラス会などはその典型ですね、一杯話したいこと、一杯話したい人がいます。その楽しさと活気あるクラス会を詠んでみました。 13 クラス会 話の継ぎ穂 苺食べ タバコを以前吸っていました。もう、20年も前の話です。タバコというのは、話をする時の小道具として貴重なものです。例えば喫茶店で人と話をしている、話題が一段落した所で沈黙が……。私はこの沈黙が苦手で、この苦しさから逃れるために、彼女と逢う前に話題や展開の仕方などを考えていた時があります。(若い頃のデートなど)いつしかそれもしなくなりました。(↑デートの必要がなくなったから)そんな沈黙の時に、タバコを一本取り出しおもむろに火をつけ、口から煙をだす。そして、それをきっかけに次の話題へと進むわけです。この句の<話の継ぎ穂>にタバコがなっていたわけです。何かものを食べたり、飲んだりするのもタバコと同様話の継ぎ穂になります。いくら話したい話題がたくさんあっても、話の合間はあるもの、それを苺を食べて次の話へとすすむ。そんな、クラス会の楽しい風景を詠んだ句です。 14 仲良しも 苺めぐりて 関ヶ原 私の子供の頃は、ケーキそのものが貴重でそんなに食べられるものではありませんでした。そこにさらに苺がのれば、子供心をとらえて離しません。母親がケーキを切って、兄妹均等になるようにしても、苺がのった方をとりたいのが子供心。兄弟仲が良くてもこの日だけは別で、苺をとれるかどうかは、天下分け目の関ヶ原のようなもの。そんな平和な家庭の姿をちょっとユーモアを込めて詠みました。 |