麦の秋

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俳句

立ち位置を 探る新嫁 麦の秋

麦秋の 揺れてくっきり 風の道 

麦秋の 色控へめに 華やげり

表情も 手話も美し 麦の秋

畑ごとに 違ふ色合ひ 麦の秋
 
手で隠し 食べし弁当 麦の秋

様になる 紺のスーツや 麦の秋

眠そうに 走る単線 麦の秋

スキップし 帰る園児や 麦の秋

SLの 車掌の駄洒落 麦の秋

 

季語について

 

 

俳句にまつわる話


 6月1日(土)の栄句会の季語は、<麦の秋>でした。

 麦の秋(麦秋)とは、麦の穂が実り、
収穫期を迎えた初夏の頃の季節のことです。
麦が熟し、麦にとっての収穫の「秋」であることから、名づけられました。

 5月の下旬頃の中日新聞の朝刊の一面に、
西尾と安城の境界辺りの「麦秋」の風景写真が載ったことがあります。
ちょうどその頃の私は、
季語<麦の秋>で俳句を作らなければならなかったので、
これ幸いと思って、早速仕事帰りに、その写真の場所を探しに行って来ました。

 碧南市の職場から、車を20分も走らせると西尾市に入り、
一面麦畑が広がっている風景に出会いました。
新聞と同じ場所ではなかったのですが、
その美しく壮大な景色のために、車を停めて、
ゆっくりと麦秋の中を歩いてきました。

 西尾は抹茶の生産が日本一である茶処で、
ちょうどその頃が新茶のシーズンでした。
麦秋のなかに緑の茶畑が点在する風景は、
西尾らしいものだと思います。

 米は言うまでもなく、秋に実りを迎えます。
その稲穂の繁る様は黄金に例えられますが、
麦は同じ実りでも、それと比べると控えめで地味ですね。
それでも、自分の春を精一杯の華やかさで、アピールしている気もします。

 麦秋の色控えめに華やげり

 「貧乏人は麦を食え」
これは、池田勇人総理が言ったと言われる言葉ですが、
もうこの言葉を知っている人も少なくなりました。

 この言葉は、高度経済成長を遂げる前の日本を象徴しています。
今は我慢して頑張れば
所得が倍増し豊かになるとのうたい文句で、
日本中が前向きに一方向に進んでいた時代です。
今思えば、古き良き時代だった気がします。
人間、目標があること、先に夢があることが一番ですからね。

 麦は米よりも安いということから、貧乏のイメージがつきまといます。
でも、今や麦飯は健康食で、健康のためにあえて麦飯を食べる人も多くなりました。
時代の移ろいを感じますね。

 麦秋の中を一人歩いていると、
コンバインが一台だけ麦を刈っていて、その音のみが聞こえています。
そこに一陣の風、麦の穂がなびき、風の道がそこにくっきりと現れます。

 麦秋の揺れてくっきり風の道

 手話を見ていると、手や指の動き以上に
顔の表情が豊かにそしてダイナミックに動きます。
きっとそこから伝えられるものがたくさんあるのでしょう。

手話でしゃべっている人を見ると、とにかくしゃべることが楽しい、
そんな感じを全身で表している気がします。
そう感じるのは、私だけでしょうか?
耳が聞こえないというハンディがあるために、
手話によって、相手に意志が伝えることに、
大きな喜びを感じることができるのでしょう。

 表情も手話も美し麦の秋

 私には29歳と28歳の子供(上が男、下が女)います。
今年の四月の段階までは、二人とも結婚は当分無理、
いや結婚できないかもしれないと思っていました。
ところが、長男からいきなりの<できちゃった婚>の報告があり、
びっくり仰天してしまいました。

 おまけに結婚式はやらないとのこと、
まあ二人が考えて決めたことだから、それはそれでいいのですが、
親としては、何か気が抜けたような気分です。

 家になじむということで、
月に一度名古屋から二人で来て家に泊まっています。

 今は<立ち位置>をはかっているのでしょう。
他人の中に一人で入っていくのですから、
相当のストレスがかかると思います。
まして、妊娠をしているのですから…。

 安藤美姫の出産が話題になっています。
一部のマスコミを除いて、
全般的に好意的なのは、それを許容できる時代なのでしょうね。
そして、それは少子化の問題を考えると、
正しい方向性なのかもしれません。

 立ち位置を探る新嫁麦の秋


 

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