障子

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俳句


幸薄き 母の来し方 白障子

旅芝居 宿の障子に 三度笠

障子貼る 尼の黒袈裟 朱のたすき

卓袱台も 障子も遠き 昭和かな

茶を運ぶ からくり怪し 白障子
 

内職の ミシン踏む母 白障子

似た顔の 揃ふ法要 白障子

臥す母の 様子気になる 障子かな

ごん狐 母と影絵の 白障子

張り替へし 障子に母の 香りけり

 

季語について

 

 

俳句にまつわる話

 

 12月7日(土)の栄句会の季語は、<障子>でした。

 障子は冬の季語で、障子洗う、障子貼るは秋の季語だそうです。
私の感覚ではお正月を迎えるにあたって、障子を張り替え
新しい気持ちで新年を迎える。それで障子(障子洗う、障子貼るも)は
冬の季語だと思っていました。

 ネットで調べてみると、どうも昔の日本では夏は障子をはずし、
夏座敷とし、冬は防寒の意味で障子を入れるという
生活をおくっていたようです。
その証拠に春障子、秋障子は俳句では使いますが、
夏障子はほとんど使いません。

 これも生活習慣の違いなのでしょうが、
私の家では、夏でも障子をはずさずにそのままだった気がします。
(さだかではありませんが…………)
また、私の子供の頃は、年末の恒例行事として、
家族総出で障子貼りがありました。
今から40年も50年も前のことですが、
寒風の中で辛かったことだけ憶えています。
でも、それも気がつけばなくなっていました。

 破れないビニールの障子や硝子障子が出てきたからでしょう。

 和室の必需品といえば、畳、襖、障子、縁側などですが、
最近の住宅は金のかかる和室を避けるきらいがあり、
これらも自然になくなっています。

 幸薄き 母の来し方 白障子
 臥す母の 様子気になる 障子かな
 新しき 障子に母の 香りけり

 病弱で頭痛持ちだった母は、私が小学生の頃はいつも寝ていました。
病弱(色白)で、やさしかった母は白障子のイメージと重なります。
子供の頃は、子だくさんの貧乏人の長女として苦労し、
結婚後は、頑固で気むずかしい父や貧乏と病弱で苦労しました。

 私が結婚する頃には、いろいろなものが落ち着き
晩年は幸せでしたが、最晩年は認知症となり他界しました。

 なお、来し方とは、過ぎ去った時。過去のことを言います。

 卓袱台も 障子も遠き 昭和かな

 昭和の時代にあって、今の平成の時代になくなったもの
いろいろとありますが、卓袱台や障子もそうですね。
「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」のたとえ通り、
過ぎ去った時代は懐かしく、良いものと思えます。

 濃密な隣近所とのつき合いや共同体意識もそうですね。
それが良かったという人もいれば、鬱陶しいという人もいます。
人それぞれですが、私は嫌でした。
今のような、べたべたしない関係が私には合っている気がします。

 よく昔に戻りたいという人がいますが、
私はそれも嫌ですね、子供の頃の貧乏には戻りたくありません。
昭和も今となっては良き時代でしたが、
その渦中にあった時は、それはそれで大変だ時代でした。

 

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