枯野

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俳句


草の根に 力蓄ふ 枯野かな

振り向けば 枯野に夢の 残滓かな

叡山の 業火と燃ゆる 枯野かな

あの世へと 続く薄の 枯野かな

思ひ出を 反芻しつつ 枯野行
 

秀吉の 負けし戦場(いくさば) 大枯野

過去に住む 惚けし母や 大枯野

看取ること 出来ぬ後悔 大枯野

子を打ちし 後の後悔 大枯野

孤立とは 孤独に似て非 大枯野

 

季語について

 

 

俳句にまつわる話


 h26年2月1日(土)の栄句会の季語は枯野でした。

 枯野とは、草が枯れ果てひっそりとした冬の野のことです。

 この枯野から何を連想するのでしょうか?
普通は寒々として、ものみな枯れた寂しい冬の野原、
そんなネガティブなイメージが浮かびます。
でも私はそこからポジティブなものを探し出して
句を作りたいと考えました。

 今は枯野だけど、春となれば草花が咲き、
再び美しい野原となります。
このことから枯野は春に生まれ変わるため
力を蓄えている準備期間と考えることもできます。

 枯野は人生で言えば晩年であり、
死への道のりかもしれません。
しかし、その反面過去の成果を収穫し楽しむという
豊かな時代でもあります。
また、晩年であってもあきらめずに
次の夢に向かって、新しいものにチャレンジしていくという
前向きな時期とも捉えたいと思います。

 草の根に 力蓄ふ 枯野かな

 冬となり草は枯れてしまったけど、
地面ではしっかりと根をはり、
春のために力を蓄えています。
それは草花に限らず、すべてのものに言えることで、
厳しい冬に耐え、希望に満ちた春を待っています。
そして、来たるべきその春を謳歌できるのは、
冬の間に準備をしているものだけです。

 振り向けば 枯野に夢の 残滓かな

 残滓とは、残りかすことです。
 今自分の人生を振り返って見ると、
自分の通って来た道には、果たせなかった夢の跡が一杯あります。

 人は夢や希望があるから、生きて行かれます。
これから先も、夢を持って、その夢の実現のために、
努力をして行きたいと思っています。
そして、死ぬ時にああ楽しく意義のある人生だったなあと思って
死んで行きたいものです。

 思ひ出を 反芻しつつ 枯野行

 反芻(はんすう)とは、何度も繰り返すことです。
牛はいくつもの胃を持っていて、
一度食べたものを反芻しています。

 最近はそれほどでもないのですが、
少し前は、朝早く目が覚めて、
まだ起きるには早い時、
自分の昔のことを思い出して、あれやこれやと考えて、
時間をつぶしていました。
同じ思い出を何度も繰り返し繰り返し
思い出を楽しめるのですから、
「一粒で二度おいしい」グリコのようなものです(#^.^#)。

 豊かな老後とは、
楽しい思い出(悪いことも過ぎてしまえば
良い思い出となります)がどのくらいあるかで決まると
考えていた時がありました。
もちろん、今が不幸でないということが前提ですが…………。

叡山の 業火と燃ゆる 枯野かな

 業火とは、地獄の罪人を苦しめる猛火のことで、
「地獄の業火」という使い方をします。

 枯野に立ち、比叡山の夕日を眺めています。
その赤い色が、信長の比叡山の焼き討ちを連想させました。
比叡山の僧兵は傲慢で、信長に強く抵抗したので、
信長は天下布武のもと、比叡山を容赦なく焼き討ちにしました。
 

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