若葉
俳句 |
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供養とは 思ひだすこと 若葉風 若葉風 時追越して 嬰太る 戯れに 笹舟浮かべ 里若葉 妻留守の 時は豊潤 若葉風 新卒の 立ち位置定む 若葉かな |
若葉より 深き碧の 抹茶呑む 若葉風 試歩の背中を そっと押す 若葉風 惚(ほう)けし母と 歩を合わす 児と滑り 父は若葉の 風なりぬ 句の母は 若葉の如し とこしなへ |
季語について |
俳句にまつわる話 |
供養とは 思ひだすこと 若葉風 不信心で普段は仏壇に手を合わせることをしない私ですが、 俳句に父や母を詠むことによって、 父母を思いだしていることが、供養をしていることになると自負しています。 句を作るためには、在りし日の父母を思いだし、 生き方、人生観などを考えます。 その結果、父の偉大さや母の優しさを、 生きていた時以上に強く感じています。 若葉風 時追越して 嬰太る 昨年の11月15日に生まれた初孫(男の子)は、 もうつかまり立ちをします。 そして見る度に(月に一度くらいですが)、 顔つきもしっかりとしたものに変わり、 その成長の早さはまるで時を越して行くようです(*^_^*)。 妻留守の 時は豊潤 若葉風 「亭主元気で留守が良い」これは反対もまたしかりですね(*^_^*)。 まあ、あまり長い留守は困りますが、1〜2日の留守は自由を感じます。 自分の好きなものが食べられたり、自分のペースで時間が使えます。 妻の留守の時はなぜかテキパキと用事を済ませ、 残った時間を有効につかおうという気が働きます。 まさに、自分の好きにして良いという自由こそ、 人間として最高の喜びなのでしょう。 句の中の 母は若葉や とこしなへ <とこしなへ>とは<永遠に>という意味です。 なぜか私の句の中に出て来る母は、圧倒的に若い時の母が多いです。 そんな若葉のごとき母が、句の中だけでも 永遠に居続けて欲しいとの思いでこの句にしました。 若い時の母は、病弱でしたが、美しく、優しくて大好きでした。 |