春雨

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俳句

芽に花の 色を塗りしや 春の雨

堅き芽に 花の色あり 春の雨

屋根神の 戦禍潜りて 春の雨

春雨や グラバー邸の 隠し部屋

花街の 紅殻格子 春の雨
ビバルディの 四季にて別れ 春の雨

長州の 忍ぶ堪忍 春の雨

手のひらを 広げ確かむ 春の雨

癌検査 結果待つ間の 春の雨

警策(けいさく)の 音の軽やか 春の雨
 

 

季語について

 

 

俳句にまつわる話

 
 春雨や グラバー邸の 隠し部屋

 私は春雨から一番にイメージするものは、
「春雨じゃ濡れて行こう」の月形半平太です。
これは、新国劇「月形半平太」の中で、
主人公の半平太が傘を差し掛ける舞妓に言う有名なせりふです。
このセリフが広まって我々の世代では
小雨の中を傘なしで歩く時にちょっと気どって使っていました。

 この人物は土佐勤王党の創設者として大いに活躍し、
土佐藩の勤王の志士に多大な影響を与えた、
武市半平太をモデルにしたと言われています。

 彼は坂本龍馬とも親交があり、深いつながりがありました。
器的には彼の方が上だったかもしれない程の人物で、
藩政を動かす立場まで登りつめましたが、
結局は失脚をし切腹によって、その志は遂げられませんでした。

 そんなわけで、春雨から<幕末><勤王の志士><薩長連合>
特に長州の活躍を連想します。

 長崎に旅行に行った時、グラバー邸を見学し、そこの天井裏に隠し部屋があり
勤王の志士が密談をしていたと聞きました。
そこに坂本龍馬がいたかもしれませんが、
それは英国の武器商人であるグラバー氏が、
勤王の志士を応援していたからであり、
彼の存在が倒幕運動に大きな影響を与えました。

 長州の 忍ぶ堪忍 春の雨

 関ヶ原の戦いで西軍の大将となった毛利輝元は、その責任をとって、
8カ国だった領土を防長2国に減封されました。
本領安堵の密約あったのに、それを反故にされたので、
徳川に対する恨みはすさまじいものがあり、こんな逸話がある程です。

 萩城(長州藩の居城)では毎年正月になると、
秘密の儀式が行われていたといいます。

「殿、今年は関東を討ちますか?」
「いや、まだその時期ではあるまい」

 元旦、大広間でお雑煮の式などがおわると、
藩主と譜代の家臣21人が小座敷に入り、質素な膳を共にしました。
正月なのに質素な膳にしたのは徳川への恨みを忘れないためのものでした。
また、「長州藩士は代々足を江戸に向けて寝る」という話もありました。
 その積年の恨みをついに晴らしたのが
幕末の長州藩を中心とた倒幕運動だと言われています。

 ビバルディの 四季にて別れ 春の雨

 卒業式といえば、ビバルディの四季の「春」ですね。
この曲を聞くと卒業式を思い出しますが、
小学校や中学校の卒業式で歌った
<仰げば尊し>や<蛍の光>も名曲で、思い出します。

 今はあまり歌われませんが、それは歌われるような立派な教師がいなくなった
からかもしれません。
でも、昔から立派な教師もいれば、そうでない教師もいたわけで、
教師と言えども人間ですから、当たり外れはあるものです。
また、良い教師という定義も人によって違うわけですから、
自分にとって良い教師に巡り会えたとしたら、
その人の運が良かったからだと言えるかもしれません。

 堅き芽に 花の色あり 春の雨

 桜の名所の公園を歩いていると、堅きつぼみにも桜の花の色が
ほのかに出ていて、そこに春を感じました。
 

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