日々の思い

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<h17.01.19>

茨木のり子

 茨木のり子は、大正15年大阪市に生まれました。父の勤務の関係で京都・愛知と移り、愛知県立西尾高女を卒業(同じ愛知県なので親近感が湧きます)昭和17年上京して、帝国女子医学薬学専門学校を卒業後、詩人として活躍今日があります。

 詩風は平明率直な語り口で、戦後解放された日本の女性の夢と希望とを歌い常に自省と鋭い現実批判を忘れないのが特徴です。

 

「わたしが一番きれいだったとき」  茨木のり子


 わたしが一番きれいだったとき

 街々はがらがら崩れていって

 とんでもないところから

 青空なんかが見えたりした

 

 わたしが一番きれいだったとき

 まわりの人達が沢山死んだ

 工場で 海で 名もない島で

 わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

 

 わたしが一番きれいだったとき

 だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった

 男たちは挙手の礼しか知らなくて

 きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

 

 わたしが一番きれいだったとき

 わたしの頭はからっぽで

 わたしの心はかたくなで

 手足ばかりが栗色に光った。

 

 わたしが一番きれいだったとき

 わたしの国は戦争で負けた

 そんな馬鹿なことってあるものか

 ブラウスの袖をまくり卑屈な町をのし歩いた

 

 わたしが一番きれいだったとき

 ラジオからジャズが溢れた

 禁煙を破ったときのようにくらくらしながら

 わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

 

 わたしが一番きれいだったとき

 わたしはとてもふしあわせ

 わたしはとてもとんちんかん

 わたしはめっぽうさびしかった

 

 だから決めた できれば長生きすることに

 年とってから凄く美しい絵を描いた

 フランスのルオー爺さんのように

               ね

 

 

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