日々の思い

日々の思いの目次へ 

 

<h17.8.5>

日本語の難しさ。

 少し古いですが、<h17.7.22>の中日朝刊の「中日春秋」に次のような記事がありました。

 学生時代、友人の一人が「今、面白い本を読んでいる」と得意げに言ったことがある。漱石の「坊ちゃん」だった。秀才の彼がそれまで「坊ちゃん」を知らなかったことに仲間はあぜんとした。が、読むだけましか。何年前、東大の石田英敬教授は、大学院生からドストエフスキーって誰なんですかと聞かれた。……(略)今、若者が背を向けだしている。 そんな傾向と軌を一にするような国語力低下も指摘される。……(略) 先の文化庁国語世論調査では中高年の誤用も目立った。正しくは「青田買い」や「汚名返上」なのを「青田刈り」「汚名挽回」と誤る人が多く、これも普段の読書と決して無関係ではないような。ドストエフスキーを知っているとてそんなに読んだわけでもない我が身を考えてもあの学生をあまり笑えない。休日の図書館では親子の姿もよく見える。大人が漱石や鴎外といった星座に再び近づいて親しむのも、子を読書に誘うきっかけになるだろう。

 ここで指摘された<正しくは「青田買い」や「汚名返上」なのを「青田刈り」「汚名挽回」と誤る人が多く>の記述は、私も知らなかったし、正しいと信じ切って使っていました(笑)。 そこでいつものようにインターネットで検索。

◆「青田刈り」と「青田買い」

  卒業前の学生に対し、企業が早い時期から採用内定を出すことは、正しくは「青田買い」といいます。「青田」は、稲がまだ実っていない田の意味で、「青田刈り」は、昔の軍事作戦の一つで、敵が兵糧不足になるように、敵地のまだ青い田を刈り取ってしまうことを指していました。したがって、いくら早い段階の採用内定とはいえ、「青田刈り」の言葉を使うと、まだ実る前の役に立たない学生を採用するという失礼な意味になってしまいます。

◆ 「汚名返上」と「汚名挽回」

 「汚名挽回」は誤用。正しくは「汚名返上」か「名誉挽回」です。汚名を取り戻しても価値はありません。取り戻すなら名誉にしましょう。

 実はこの新聞のコラムは、私の大好きだった<ドストエフスキー>のことが書いてあったので、切り抜いておいたものです。大学院生が誰?と聞くような時代になったのかとの感慨は深いです(笑)。私は高校生の時に、彼の「罪と罰」を読みました。正直言って難しくて何のことかさっぱりわからなかった。でも、その時代の中学生、高校生は<世界文学全集>を読むのが普通で、今のような現代小説の隆盛はありませんでしいた。当たり前のように、<世界文学全集>や<日本文学全集>を読んだものです。今の子ども達はそんな名作と言われる古典を読んでいるのでしょうか?

 私は大学生の時にもう一度「罪と罰」を読み、深く感銘を受け、その後の自分の人生に大きな影響を与えました。高校から大学までの人間的な成長が、その本の意味を理解させたわけです。その後、何度も「罪と罰」は読み返しましたが、そのたびに違った感動を受けています。

 思想的な部分をのぞけば、殺人事件を扱ったミステリー小説。刑事コロンボみたいな予審判事が出てきて、犯人のラスコーリニコフを追いつめます。長編だし、ちょっと読むには大変だという方には、彼の短編「貧しき人々」がお奨め。この本によって彼は世に出ました。中年の下級官僚と薄幸な若い女性との往復書簡の形で、二人の淡い恋心が描かれています。

 

 

上に戻る