日々の思い
<h19.3.31> |
季節の配達夫 |
少し前の中日新聞の中日春秋にこんな話が載っていました。 私の好きな詩人の一人に、茨木(いばらぎ)のり子がいますが、彼女は昨年の2月になくなりました。 彼女の詩の中に、「見えない配達夫」があるそうです。 <地の下には少しまぬけな配達夫がいて/ 帽子をあみだにペタルをふんでいるのだろう/ かれらは伝える 根から根へ/ 逝きやすい季節のこころを> 名古屋などでも桜が開花した。 急(せ)かせたような今年の開花予報には困ったかもしれないが、 季節の配達夫はいま懸命にペダルを踏んでいよう。 桜の開花の報だけでなく、うららかな光や少し優しくなった風に触れても、 配達夫が「春ですよ」と告げながら宙でペダルを踏んでいる心地がする この<季節を運ぶ配達夫>という言葉の持つ感性がすばらしいと思います。日本語の豊かさですが、こういう言葉を作り出せる詩人の感性が私にもほしいと思って、中日春秋を紹介しました。 |