日々の思い
<h19.12.3> |
俳句は志(詩)である。 |
11月24日(土)に常滑句会に行って来ました。 この日は、広島からこの会の指導をしていただいている先生が 見えられるということで、歓迎句会があり、 一番最後に、先生の方から<俳句をつくるにあたって>と題して 話をしていただきました。 俳句とは詩であり、志(詩)を伝えることである。 そのゆえに俳句は文学である。 よって、俳句を作る人は詩人でなければならない。 だから、俳句は見たままを表現するだけではだめで、 そこに何か自分で感じたものを、人に伝えたいものを 表現する必要がある。 そして、最後に俳句の真髄とも言うべきことを 高浜虚子の言葉 「俳句は万斛(ばんこく)の憂を胸に 蔵して僅か(わずか)に一語を洩らす」で説明をしてくれました。 なお、万斛(ばんこく)とは、ものすごく多いの意味です。 この言葉を自分なりに解釈をすると 「俳句を作るためには、胸一杯に思いを持って、 その中の一部を吐き出し俳句にする」 だから、俳句は全てを言おうとしてはだめで、 一部を言って、全体を読む人に想像をしてもらうものである。 頭ではこの意味はわかるけど、 自分の俳句がそうなるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。 今回の句会も、自分の句の未熟さに打ちひしがれながら帰って来ました。 友の死も いつか人ごと 初時雨 ふり向けば 燃ゆる叡山 秋の旅 うそ寒や 心の扉 一つ閉め |